小学校五年の夏、アメリカでワールドカップが開かれていた。
理由はよく覚えていないが、その年の俺と幼馴染の康雄は、毎日のようにサッカーボールを蹴っていた。
いつもの公園に飽きたある日、康雄が「別のとこ行こう」と言い出した。名前だけは知っているが行ったことのない公園が、住宅地の外れにあった。自転車で二十分ほど。距離のわりに人の話題に出ない場所だった。
そこは昼間でも薄暗く、木が密集していて湿気が重かった。遊具は古く、地面は常に濡れているようで、神社の境内に似た匂いがした。気味は悪かったが、逆にそれが面白くて、俺たちは何度も通うようになった。
三回目くらいだったと思う。康雄と、その二歳下の弟の孝俊と三人で遊んでいると、背後から声をかけられた。
振り向くと、五十歳前後の男が立っていた。
髪は異様に長く黒い。歯は欠けていて、口元が常に湿っている。距離が近づいた瞬間、甘ったるい臭いが鼻についた。
何を話したのかは覚えていない。
気づいたら、俺たちはその男の家に向かっていた。
家は公園のすぐ脇にあり、二階の一室に通された。窓から公園が見えた。さっきまで俺たちがいた場所だ。部屋にはテレビとビデオデッキがあり、康雄が勝手に電源を入れた。
男は、じっと俺たちを見ていた。
「ビデオがある」
そう言って、リモコンを受け取ると再生した。
古い映像だった。東京オリンピックのドキュメンタリー。競技と結果を振り返る内容で、時代の古さが画面の粒子から伝わってきた。
二十分ほど経った頃、映像が乱れ、画面が暗転した。
戻った瞬間、ナレーションが変わっていた。
子供の声だった。
抑揚が不自然で、後から録音したのがすぐ分かる。
男は嬉しそうに言った。
「これ、おっちゃんの子」
理由は分からない。ただ、寒気がした。
康雄も孝俊も黙り込んでいた。
そのまま、延々と見せられた。
男は画面を見ているふりをしながら、俺たちの顔を眺めていた。
日が暮れ、ようやく帰った。
帰り道で「もう行かない」と決めた。
数日後、康雄が消えた。
夜になっても帰らず、母親が俺の家に来た。
最後に一緒にいたのは弟の孝俊で、近くの池でザリガニ釣りをしていたという。康雄は先に帰ると言って、そのまま姿を消した。
池は浅く、警察が調べても何も出なかった。
頭に浮かんだのは、あの家だった。
だが、口に出せなかった。
翌日、俺は一人でその家に行った。
どうやって中に入ったのか、よく覚えていない。
男は、前と同じように笑って言った。
「ビデオ、見よう」
再生されたのは、同じ東京オリンピックの映像だった。
例の場面で、また暗転した。
次に聞こえた声で、息が止まった。
康雄の声だった。
震えていた。
息を詰める音まで分かった。
立ち上がろうとした俺に、男が言った。
「これ、おっちゃんの子」
そこで記憶が切れる。
気づいた時には、自転車を漕いでいた。
家には遠回りして帰った。
母に話した。
その夜、警察が来た。
数日後、康雄は池の近くで保護された。
何があったのか、誰も教えてくれなかった。
一か月後、康雄は学校に戻った。
ただ、俺と目を合わせなかった。
「本当に関係ないのか」
そう聞いた瞬間、康雄は怒鳴り、泣いた。
その後、康雄は転校した。
大学生になってから、俺はあの話を思い出す。
声というものは、録音すれば残る。
消えた人間より、長く。
今でも、古い映像を見ると不安になる。
子供の声のナレーションが始まる気がする。
あれが康雄なのか。
それとも、もう区別できなくなっているのか。
最近、自分の声を録音して聞くのが怖い。
どこかで、編集されている気がする。
[出典:123: 本当にあった怖い名無し 2009/07/05(日) 05:12:08 ID:xeP25AoL0]