ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 都市伝説

開けてはならぬ r+15,040

更新日:

Sponsord Link

札幌で暮らしていた従兄から聞いた話。

あいつの表情が変わり始めたのは、あの古本屋に入ってからだった。場所は札幌市中央区、中○公園のすぐそば。今はもう取り壊されてしまった、煤けた木造の店だったらしい。

中に入ると、埃っぽい匂いと、誰かがずっと囁いているような空気に包まれたという。棚に並ぶ本は背表紙が読めないほど色褪せ、まるで時の流れを忘れてしまったかのような場所だった。

従兄はその日、なんの目的もなく店内を歩き、ふと取り出した文庫本の隙間から大学ノートが滑り落ちた。それは偶然にしてはできすぎていた。

拾い上げ、開いた瞬間に背中がぞわりとしたらしい。びっしりと、まるで血の滲んだような筆跡でこう書かれていた。

――奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる……

ページを繰っても、同じ言葉が何度も繰り返され、途中からは

――助けて助けて助けて助けて助けて……

と狂気じみた懇願に変わっていた。

あまりの異様さに、従兄は店主に尋ねた。

「これ、売り物ですか?」

店主は、顔をこわばらせ「あっ」と声をあげると、ノートを無理やり奪い取った。

「なんでもない。これは……見なかったことにしてくれ」

その晩、従兄は眠れなかったという。ノートの言葉が耳の奥で繰り返され、まるで自分の脳が誰かの指先でなぞられているような感覚。

翌日も気づいたら、またあの古本屋に立っていた。

店主は渋い顔をしていたが、通い詰めるうちに観念したのか、ついに口を開いた。

「どうしても知りたいなら、八月二十三日、大雪山の五合目のロッジに泊まってみな……ただし、戻って来られるとは限らんよ」

馬鹿げていると笑い飛ばすこともできた。でも従兄は、もう自分の意思で動いていなかった。

その年の八月二十三日、彼は友人四人と共に大雪山へ向かった。女二人、男三人。

登山そのものに異変はなかった。夕暮れ時、ロッジに到着すると、女二人が「お茶入れてくるね」と階下へ。男三人は寝室のある二階へ荷物を運んだ。

従兄は窓辺に腰かけ、沈む太陽をぼんやり眺めていたという。

そのとき、ドアの向こうから声がした。

「ねえ、開けて。お茶持ってきたよ」

女の一人の声だった。

立ち上がり、ドアノブに手をかけた瞬間。

――ゴトッ

音がして、床に何かが転がった。

見ると、床に横たわっていたのは、生首だった。長い黒髪が広がり、その顔には微笑とも苦悶ともつかない表情。

ただおかしいのは、それが首だけでなく、切断された男の身体の上に載っていたこと。

まるで、誰かが女の生首を、首のない男の胴体に無理やり被せたかのようだった。

そして次の瞬間、隣にいた友人の首も、斬られた。

従兄は、叫び声も出せず、窓から身を投げた。

足を折りながらも、這うようにして山道を逃げ、たまたま通りかかった登山者に助けを求めたという。

警察が到着した時、ロッジ内では女二人も首を失って倒れていた。

驚くべきは、その切断面の鮮やかさ。まるで医療用のレーザーで切ったかのように、出血はほとんどなかったという。

首は、どれ一つ見つからなかった。

そのまま事件は迷宮入りした。

従兄は旭川の病院に運ばれた。ベッドに横たわり、目だけをぎょろつかせていた。何も話さず、ただ天井を見つめ続けた。

ある晩、担当の看護師が点滴を交換している時だった。

――コンコン

「どなたですか?」

「この部屋の者の母でございます。荷物があるので……開けていただけませんか?」

母の声だった。だが、彼の母親は東京の父のもとへ行っているはず。

おかしい。誰が知らせた?

従兄はその瞬間、全てを悟った。

あいつは、決して自分ではドアを開けない。

人の声を真似し、あらゆる理由を並べて、誰かに開けさせようとする。

そして、いったん開けたら、最後。

その夜、従兄は意識を失った。気絶してカーテンの中に倒れていたおかげで、間一髪だった。

だがそれ以降、従兄は「ドア」というものの存在に強烈な恐怖を抱くようになった。

今も、精神病院の鉄格子の向こうで、大学ノートに言葉を綴っているという。

――奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る……

この話を聞いたのは、彼の見舞いに行った帰りだった。

東京へ戻った夜、友人二人とこの話を酒の肴に語り合った。午前五時、話が終わると同時に、玄関のチャイムが鳴った。

「おい、俺だよ、祐司だよ。開けてくれよ!」

声は、東京に就職した友人のものだった。

「お土産たくさん持ってるんだよ……開けてくれって!」

息が詰まるような声だった。

一人が裏口へ走り「祐司、こっち開いてるよ」と叫んだ。

だが誰も、家の中へ入ってこなかった。

朝十時、祐司に電話をかけた。

「え?今?こっちにいるよ、東京だけど」

その時、背中に氷のようなものが走った。

あれは……誰だったのだろうか。

もう、二度と。どんな声でも、ドアを開けることはない。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 都市伝説
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.