出張で1~2週間ほど遠くに出ることがよくある。
休みの日にはネットで調べた遊歩道や山歩きコースを散策するのが好きだ。ただ、ガチの登山ではなく、私服に運動靴程度の軽装で歩ける場所を選んでいる。出張のたびにそうしたスポットを巡るのが楽しみだ。
山中で風に煽られてざわざわと揺れる木々の音を聞くのが心地よくてたまらない性格だが、残念ながら可愛らしい妖怪にはまだ一度も遭遇したことがない。
そんな折、1年ほど前のことだ。新規店舗の応援で10日間の出張が決まり、現地での準備作業に5日間費やした後、開店2日前に休みをもらった。そこで、いつものように山の散歩道を探して出かけることにした。
朝8時頃に目的地へ到着したそこは、深い山の裾野にある運動公園だった。人工の渓流沿いに森林遊歩道が整備されており、山頂の展望台まで片道2時間ほどのコースが伸びている。春先の湿った落ち葉が足元に積もり、冷たく湿った空気が漂っていた。雨上がりのような雰囲気の中を歩き始めたが、1時間ほど進むと、道が次第にけもの道のような雰囲気になってきた。
周囲は薄暗い森で、杉や広葉樹が密集している。思い当たる原因は明白だ。途中で見つけた何も書かれていない矢印の木の看板に誘われて、本道を外れてしまったのだ。それでも明確な道が続いていたので迷ったわけではなく、気にせず進んでいた。が、道はどんどん険しくなり、湿った岩場を手を使いながら越えたり、小川をまたいだりしているうちに、「そろそろ本道に戻るべきかな」と考える状態に。そんなとき、突然10段ほどの石段が現れた。
その石段を登ると、狭い広場に神社がひっそりと佇んでいた。周囲は依然として高い木々に囲まれ、日の光はほとんど差し込んでいない。その神社は妙に新しく、敷地は狭いながらも柱が一抱えほどある立派な石造りの鳥居が立っていた。表面はすべすべで、平成二十何年と彫られていたが、寄贈者や神社の名前は一切書かれていなかった。
社殿も新築のようで、木の香りが漂ってくるほど黄色く艶やかだった。格子の中を覗くと、酒樽や米俵、鏡が見えるが、文字の書かれた額は暗くて読めなかった。手水舎も自然石を彫りぬいた美しい造りで、水は清らかだったが、溜めに枯葉が浮いていたので手を清めるだけにした。
それにしても、不思議なことに社務所が見当たらない。灯籠はあれど、狛犬もいない。案内板もなく、祭神の情報もわからなかった。それでもせっかくなのでお参りをして、その後は本道に戻り展望台を訪れた。ホテルに戻ってからは忙しい開店準備を乗り切り、無事に帰路についた。
1年後。同じ店の1周年記念イベントで再び出張することになった。今回は2日間の応援で、最終日に午前中だけ自由時間があった。あの山が気になり、再び登ってみたが、前回見た矢印の看板は消えていた。道は残っていたので、半ば好奇心でまた進んでみた。石段を登ると、1年前と同じ場所にたどり着いたが、そこにあった神社はまったく様子が違っていた。
木造の古びた鳥居、苔むした狛犬、雨水溜め式の枯れた手水舎。社務所も存在し、全体的に小さく、朽ち果てたような印象だった。同じ道を通ったはずだし、場所も間違いようがない。だが、あの立派で新しい神社がどうやってあの険しい山中に建てられたのか、そもそも何だったのか……。気になってネットで調べても情報は何も出てこなかった。むしろ、古びた神社の記録すら見つからなかった。
もうその店に行く機会もなければ、あの山に行くことも難しい。次に訪れたら、神社そのものが消えているかもしれない。あれは「まよいが」だったのかもしれない……そんな不思議な体験だった。
(了)
[出典:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1417618340/]