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中編 師匠シリーズ

師匠シリーズ 020話~022話 将棋・雨・超能力

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020 師匠シリーズ「将棋」

師匠は将棋が得意だ。

もちろん将棋の師匠ではない。大学の先輩でオカルトマニアの変人である。

俺もまたオカルトが好きだったので、師匠師匠と呼んでつきまとっていた。

大学一回生の秋に、師匠が将棋を指せるのを知って勝負を挑んだ。俺も多少心得があったから。

しかし結果は惨敗。角落ち(ハンデの一種)でも相手にならなかった。

一週間後、パソコンの将棋ソフトをやり込んでカンを取り戻した俺は、再挑戦のために師匠の下宿へ乗り込んだ。

結果、多少善戦した感はあるが、やはり角落ちで蹴散らされてしまった。

感想戦の最中に師匠がぽつりと言った。

「僕は亡霊と指したことがある」

いつもの怪談よりなんだか楽しそうな気がして身を乗り出した。

「手紙将棋を知ってるか」と問われて頷く。

将棋は普通、長くても数時間で決着がつく。1手30秒とかの早指しなら数十分で終わる。

ところが手紙将棋というのは、盤の前で向かい合わずに、お互い次の手を手紙で書いてやり取りするという、なんとも気の長い将棋だ。

風流すぎて若者には理解出来ない世界である。

ところが師匠の祖父はその手紙将棋を、夏至と冬至だけというサイクルでしていたそうだ。

夏至に次の手が届き、冬至に返し手を送る。

年に2手しか進まない。将棋は1勝負に100手程度かかるので、終わるまでに五十年はかかる計算になる。

「死んじゃいますよ」

師匠は頷いて、祖父は五年前に死んだと言った。

戦時中のことだ。

前線に出た祖父は娯楽のない生活のなかで、小隊で将棋を指せるただひとりの戦友と、紙で作ったささやかな将棋盤と駒で、あきることなく将棋をしていたという。

その戦友が負傷をして本土に帰されることになったとき、二人は住所を教えあい、ひと時の友情の証しに、戦争が終われば手紙で将棋をしようと誓い合ったそうだ。

戦友は北海道出身で、住むところは大きく隔たっていた。

戦争が終わり復員した祖父は、約束どおり冬至に手紙を出した。『2六歩』とだけ書いて。

夏至に『3四歩』とだけ書いた無骨な手紙が届いたとき、祖父は泣いたという。

それ以来、年に2手だけという将棋は続き、祖父は夏至に届いた手への返し手を半年かけて考え、冬至に出した手にどんな手を返してくるか、半年かけて予想するということを、それは楽しそうにしていたそうだ。

五年前にその祖父が死んだとき、将棋は100手に近づいていたが、まだ勝負はついていなかった。

師匠は祖父から将棋を学んでいたので、ここでバカ正直な年寄りたちの生涯をかけた遊びが途切れることを残念に思ったという。

手紙が届かなくなったらどんな思いをするだろう。

祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかとも考えた。それでもやはり悲しむに違いない。

ならばいっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そう、と考えたのだそうだ。

宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていたので、師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだけでよかった。

応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。

「どちらが優勢ですか」俺が問うと、師匠は複雑な表情でぽつりと言った。

「あと17手で詰む」

こちらの勝ちなのだそうだ。

二年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は最善手を指してくる。

華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに気づいてないはずはない。

それでも投了せずに続けているのは、この遊びが途中で投げ出していいような遊びではない、という証しのような気がして、胸がつまる思いがしたという。

「これがその棋譜」と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。

2六歩、3四歩、7六歩……

矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。

俺も将棋指しの端くれだ。

今でははっきり悪いとされ指されなくなった手が迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような新しい手が指される。

戦後進歩を遂げた将棋の歴史を見ているような気がした。

7四歩突き、同銀、6七馬……局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。

「ここで僕に代わり、2四銀とする」

師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。

次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。

難しい局面で俺にはさっぱりわからない。

「次の相手の1手が投了ではなく、これ以上無いほど最善で、そして助からない1手だったとき、 僕は相手のことを知りたいと思った」

祖父と半世紀にわたってたった1局の将棋を指してきた友だちとはどんな人だろう。

思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。

不謹慎な怪談と傍若無人な行動こそ、師匠の人となりだったからだ。

経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っていることも忘れて……

「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」

俺が想像していたのは、八十歳を過ぎた老人が、古い家で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。

ところが、師匠は言うのである。

「もう死んでいた」

ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものがあった。

師匠が相手のことを思って祖父の死を隠したように、相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。

いわば、優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。

しかし、師匠は首を振るのである。

「ちょっと違う」

少しドキドキした。

「死んだのは千九百四十五年二月。戦場で負った傷が悪化し、日本に帰る船上で亡くなったそうだ」

びくっとする。俄然グロテスクな話になって行きそうで。

では、師匠の祖父と手紙将棋をしていたのは一体何だ?

『僕は亡霊と指したことがある』という師匠の一言が頭を回る。

師匠は青くなった俺を見て笑い、「心配するな」と言った。

「その後、向こうの家と連絡をとった」

こちらのすべてを明らかにしたそうだ。すると向こうの家族から長い書簡がとどいたという。

その内容は以下のようなものだった。

祖父の戦友は船上で死ぬ間際に、家族に宛てた手紙を残した。その中にこんな下りがあった。

『私はもう死ぬが、それと知らずに私へ手紙を書いてくる人間がいるだろう。
その中に将棋の手が書かれた間抜けな手紙があったなら、どうか私の死を知らせないでやってほしい。
そして出来得れば、私の名前で応答をしてほしい。
私と将棋をするのをなにより楽しみにしている、大バカで気持ちのいいやつなのだ』

師匠は語りながら、盤面をすすめた。

4一角
3二香
同銀成らず
同金

その同金を角が取って成ったとき涙が出た。

師匠に泣かされたことは何度もあるが、こういうのは初めてだった。

「あと17手、年寄りどもの供養のつもりで指すことにしてる」

師匠は指を駒から離して、「ここまで」と言った。

021 師匠シリーズ「雨」

大学一回生の夏ごろ。

京介さんというオカルト系のネット仲間の先輩に、不思議な話を聞いた。

市内のある女子高の敷地に夜中、一箇所だけ狭い範囲に雨が降ることがあるという。

京介さんは地元民で、その女子高の卒業生だった。

『京介』はハンドルネームで、俺よりも背が高いがれっきとした女性だ。

「うそだー」と言う俺を睨んで、「じゃあ来いよ」と連れて行かれた。

真夜中に女子高に潜入するとはさすがに覚悟がいったが、建物の中に入るわけじゃなかったことと、セキュリティーが甘いという京介さんの言い分を信じてついていった。

場所は校舎の影になっているところで、もとは焼却炉があったらしいが、今は近寄る人もあまりいないという。

「どうして雨が降るんですか」と声をひそめて聞くと、「むかし校舎の屋上から、ここへ飛び降りた生徒がいたんだと。その時飛び散って地面に浸み込んだ血を、洗うために雨が降るんだとか」

「いわゆる七不思議ですよね。ウソくせー」

京介さんはムッとして足を止めた。

「ついたぞ。そこだ」

校舎の壁と敷地を囲むブロック塀のあいだの寂しげな一角だった。暗くてよく見えない。
近づいていった京介さんが「おっ」と声をあげた。

「見ろ。地面が濡れてる」

僕も触ってみるが、たしかに1メートル四方くらいの範囲で湿っている。

空を見上げたが、月が中天に登り雲は出ていない。

「雨が降った跡だ」

京介さんの言葉に釈然としないものを感じる。

「ほんとに雨ですか?誰かが水を撒いたんじゃないですか」

「どうしてこんなところに」

首をひねるが思いつかない。

周りを見渡してもなにもない。敷地の隅で、とくにここに用があるとは思えない。

「その噂を作るためのイタズラとか」

だいたい、そんな狭い範囲で雨が降るはずがない。

「私が一年の時、三年の先輩に聞いたんだ。『一年の時、三年の先輩に聞いた』って」

つまり、ずっと前からある噂だという。

目をつぶって、ここに細い細い雨が降ることを想像してみる。

月のまひるの空から、地上のただ一点を目がけて降る雨。

怖いというより幻想的で、やはり現実感がない。

「長い期間続いているということは、つまり犯人は生徒ではなく教員ということじゃないですか」

「どうしても人為的にしたいらしいな」

「だって、降ってるとこを見せられるならまだしも、これじゃあ……たとえば残業中の先生が、夜食のラーメンに使ったお湯の残りを窓からザーッと」

そう言いながら上を見上げると、黒々とした校舎の壁はのっぺりして、窓一つないことに気づく。

校舎の中でも端っこで、窓がない区画らしい。

雨。雨。雨。

ぶつぶつとつぶやく。

どうしても謎を解きたい。

降ってくる水。降ってくる水。

その地面の濡れた部分は、校舎の壁から1メートルくらいしか離れていない。

また見上げる。

やはり校舎のどこかから落ちてくる、そんな気がする。

「あの上は屋上ですか」

「そうだけど。だからって誰が水を撒いてるってんだ」

目を凝らすと、屋上の縁は落下防止の手すりのようなもので囲まれている。

さらに見ると、一箇所、その手すりが切れている部分がある。この真上だ。

「ああ、あそこだけ何でか昔から手すりがない。だからそこから飛び降りたってハナシ」

それを聞いてピーンとくるものがあった。

「屋上は掃除をしてますか?」

「掃除?いや、してたかなあ。つるつるした床で、いつも結構きれいだったイメージはあるけど」

俺は心でガッツポーズをする。

「屋上の掃除をした記憶がないのは、業者に委託していたからじゃないですか」

何年にも渡って月に一回くらいの頻度で、放課後生徒たちが帰った後に派遣される掃除夫。

床掃除に使った水を不精をして屋上から捨てようとする。

自然、身を乗り出さずにすむように、手すりがないところから……

「次の日濡れた地面を見て、噂好きの女子高生が言うんですよ。『ここにだけ雨が降ってる』って」

僕は自分の推理に自信があった。幽霊の正体みたり枯れ尾花。

「お前、オカルト好きのくせに夢がないやつだな」

なんとでも言え。

「でも、その結論は間違ってる」

京介さんはささやくような声で言った。

「水で濡れた地面を見て小さな範囲に降る雨の噂が立った、という前提がそもそも違う」

どういうことだろう。

京介さんは真顔で、「だって、降ってるところ見たし」。

僕の脳の回転は止まった。先に言って欲しかった。

「そんな噂があったら、行くわけよ。オカルト少女としては」

高校二年のとき、こんな風に夜中に忍び込んだそうだ。

そして、目の前で滝のように降る雨を見たという。

「水道水の匂いならわかるよ」と京介さんは言った。

俺は膝をガクガクいわせながら、「血なんかもう流れきってるでしょうに」

「じゃあ、どうして雨は降ると思う」

わからない。

京介さんは首をかしげるように笑い、「洗っても洗っても落ちない血の感覚って、男にはわかんないだろうなあ。

その噂の子はレイプされたから、自分を消したかったんだよ」

僕の目を見つめてそう言うのだった。

022 師匠シリーズ「超能力」

大学時代、霊感の異常に強いサークルの先輩に会ってから、やたら霊体験をするようになった俺は、オカルトにどっぷり浸かった学生生活を送っていた。

俺は一時期、超能力に興味を持ち、ESPカードなどを使って、半ば冗談でESP能力開発に取り組んだことがあった。

師匠と仰ぐその先輩はと言えば、畑違いのせいか超能力なんていうハナシは嫌いなようだった。

しかし、信じてないというわけではない。

こんなエピソードがある。

テレビを見ていると、日露超能力対決!などという企画の特番をやっていた。

その中で、ロシア人の少女が目隠しをしたまま、箱に密封された紙に書かれている内容を当てる、という実験があった。

ようするに透視するというのだ。

少女が目隠しをしたあとで芸能人のゲストが書いたもので、事前に知りようがないはずなのに、少女は見事にネズミの絵を当てたのだった。

しかし、テレビを見ていた師匠が言う。

「こんなの透視じゃない」

目隠しがいかに厳重にされたか見ていたはずなのに、そんなことを言い出したので、

「どういうことです?」と問うと、真面目くさった顔で「こんなのはテレパスなら簡単だ」。

意表をつかれた。

ようするに、精神感応(テレパシー)能力がある人間なら、その紙に書いたゲストの思考を読めば、こんな芸当は朝飯前だというのである。

どんなに厳重に目隠しをしようと、箱に隠そうと、それを用意した人間がいる限り中身はわかる。

師匠は、「テレビで出てくるような透視能力者はすべてインチキで、ちょっとテレパシー能力があるだけの凡人だ」と言った。

『テレパシー能力のある凡人』という表現が面白くて笑ってしまった。

師匠はムッとしたが、俺が笑い続けているのは他に理由があった。

ロシア人の少女の傍に立つ通訳の男をよく知っていたからだ。

インチキ超能力芸で何度も業界から干された、その筋では有名な山師だ。

俺は今回の透視実験のタネも知っている。

時々「続けて大丈夫か」というようなことを言いながら少女の身体に触る、その触り方で、絵の情報を暗号化して伝えているのだ。以前雑誌で読んだことのある、彼のいつもの手口だった。

松尾何某がそこにいれば、『通訳にも目隠しさせろ』などと意地悪なことを言い出すところである。

俺はあえて、この少女をテレパスだと信じている師匠に、この特番の裏を教えなかった。
なんだかかわいらしい気がしたから。

そんなことがあった数日後、師匠が俺の下宿を訪ねてきて、「今日はやりかえしに来た」と言う。

あの番組のあと、雑誌やテレビでインチキが暴露されてちょっと話題になったから、師匠の耳にも入ったらしい。

俺が知っていてバカにしていたことも……

俺は嫌な予感がしたが、部屋に上げないわけにはいかない。

師匠はカバンから厚紙で出来た小さな箱を二つだし、テーブルの上に置いた。

「こちらを箱A、こっちを箱Bとする」

同じような箱に、マジックでそう書いてある。

なにが始まるのかドキドキした。

「Aの箱には千円、Bの箱には1万円が入っている。この箱を君にあげよう」

ただし、と師匠は続けた。

「お金を入れたのは実は予知能力者で、君がABどちらか片方を選ぶと予知していたら、正しく千円と1万円を入れている。しかし、もし君が両方の箱を選ぶような欲張りだと予知していたら、Bの箱の1万円は入れていない」

さあ、どう選ぶ?

そう言って、選択肢をあげた。

「1箱Aのみ
2箱Bのみ
3箱AB両方
おっとそれから、4どちらも選ばない」

どういうゲームかよく分からないが、頭を整理する。

ようするに、Bだけを選んだらちゃんと1万円入ってるんだから、2の『箱Bのみ』が一番儲かるんじゃないだろうか。

師匠は嫌らしい顔で、「ほんとにそれでいいのぉ?」と言った。

ちょっと待て、冷静に考えろ。

「その予知能力者は、本物という設定なんですか」

肝心なところだ。

しかし師匠は、「質問は不可」というだけだった。

目の前を箱を見ていると、

『そこにあるんだからいくら入ってようが両方もらっといたらいいじゃん?』

と、俺の中の悪魔がささやく。

『待って待って、予知能力が本物なら両方選べばBはカラ。Aの千円しか手に入らないぞ?』と、俺の中の天使がささやく。

『予知能力が偽者ならどうよ?そう予知してBにお金を入れなかったのに、実際はBだけを選んでしまったらもうけは0円だぞ』と悪魔。

そうだ。だいたい予知能力というのがあやふやだ。

目の前にあるのに、その箱の中身がまだ定まっていないというのが、実感がわかない。

お金を入れる、という行為はすでに終わった過去なのだから、今から俺がどうしようが箱の中身を変えることは出来ない、という気もする。

じゃあ、3の箱AB両方というのが最善の選択なんだろうか。

「さん」と言い掛けて、思いとどまった。

これはゲームなのだ。所詮、師匠が用意したものだ。あやうく本気になるところだった。
たぶん、3を選ばせておいて箱Bは空っぽ、

「ホラ、欲をかくから千円しか手に入らないんだ」と笑う。

そういう趣向なのだろう。

なんだか腹が立ってきた。

2のBだけを選んでおいて、『片方しか選んでないのに、1万円入ってないぞ』とゴネることも考えた。

しかし3の『両方』を選んでおけば、最低でも千円は手に入るのだから、次の仕送りまでこれで○千円になって……と、生活臭あふれる思考へと進んでいった。

すると師匠が「困ってるねえ」と、嬉しそうに口を出してきた。

「そこで、一つヒントをあげよう。君がもし透視能力、もしくはテレパシー能力の持ち主だったとしたらどうする?」

きた。また変な条件が出て来た。

予知能力という仮定の上にさらに別の仮定を重ねるのだから、ややこしい話になりそうだった。

そんな顔をしてると、師匠は「簡単簡単」と笑うのだった。

「透視ってのは、ようするに中身を覗くことだろう?だったら再現するのは簡単。箱の横っ腹に穴を開けて見れば、立派な透視能力者だ」

「ちょ、そんなズルありですか」と言ったが、「透視能力ってそういうものだから」

そっちがOKなら全然構わない。

「テレパシーの方ならもっと簡単。入れた本人に聞けばいい。頭の中を覗かれた設定で」

なんだかゲームでもなんでもなくなってきた気がする。

「で、僕は超能力者になっていいんですか?」

「いいよぉ。ただし、透視能力か、テレパシーかの2択。と言いたいところだけど、テレパシーの方は入れた本人がここにいないから、遠慮してもらおうかな」

本人がいない?嫌な予感がした。

「もしかして、彼女が絡んでますか?」と問うと頷き、「僕も中身は知らない」と言った。

俺は青くなった。

師匠の彼女は、なんといったらいいのか、異常に勘がするどいというのか、予知まがいのことが出来る、あまり関わりたくない人だった。

「本物じゃないですか!」

俺は目の前の箱から思わず身を引いた。

ただのゲームじゃなくなってきた。

仮に、もし仮に、万が一、百万が一、師匠の彼女の力がたまたまのレベルを超えて、ひょっとしてもしかして本物の予知能力だった場合、これってマジ……?

俺は今までに何度か、その人にテストのヤマで助けてもらったことがある。

あまりに当たるので、気味が悪くて最近は喋ってもいない。

「さあ、透視能力を使う?」

師匠はカッターを持って箱Bにあてがった。

「ちょっと待ってください」

話が違ってくる。というか本気度が違ってくる。

予知能力が本物だとした場合、両方の箱を選ぶという行為で、Bの箱の中身が遡って消滅したり現れたりするのだろうか?

それとも、俺がこう考えていることもすべて込みの予知がなされていて、俺がどう選ぶかということも完全に定まっているのだろうか。

「牛がどの草を食べるかというのは完全には予測出来ない」

という、不確定性原理とかいうややこしい物理学の例題が頭を過ぎったが、よく理解してないのが悔やまれる。

俺が苦悩しながら指差そうとしているその姿を、過去から覗かれているのだろうか?

そして俺の意思決定と同時に、箱にお金を入れるという、不確定な過去が定まるのだろうか?

その『同時』ってなんだ?
考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。

人間が触れていい領域のような気がしない。

渦中の箱Bは、何事もなくそこにあるだけなのに。

そして、その箱を選ぶ前に中を覗いてしまおうというのだから、なんだか訳がわからなくなってくる。

俺は膝が笑いはじめ、脂汗がにじみ、捻り出すように一つの答えを出した。

「4どちらも選ばない、でお願いします」

師匠はニヤリとして、カッターを引っ込めた。

「前提が一つ足りないことに気がついた?
片方を選ぶ場合はそれぞれにお金を入れ、両方を選ぶ場合はAにしか入れない。
じゃあ、どちらも選ばないと予知していた場合は?
決めてなかったから、僕もこの中がどうなっているのか分からないんだなぁ」

師匠はそう言いながら、無造作に二つの箱をカバンに戻した。

俺はこの人には勝てないと思い知った。

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