私の祖母はいわゆる「みえる人」だったらしく、私は子どもの頃から、祖母にさまざまな怖い話や不思議な話を聞かされて育った。
これは、その中でも今になって考えると、妙に喉の奥に引っかかる話だ。
祖母は料理が上手な人ではなかった。
野菜炒めは辛すぎ、酢の物は鼻を突くほど酸っぱく、煮物は煮崩れて形を失う。孫の口は正直で、祖母が台所に立つ気配がすると、兄妹そろって気配を殺したものだ。
ただ一つだけ例外があった。
団子汁である。
具だくさんの味噌汁に、小麦粉を水で溶いた団子を落とし込む、土地ではありふれた料理だ。祖母の団子汁は、不思議なほど安定していた。味が濃すぎることも、薄すぎることもない。鍋はいつも空になった。
「団子汁だけは、ほんと美味しいよな」
ある昼下がり、そう言うと、祖母は苦笑して湯飲みを口に運んだ。
「それはな、ばあちゃんのばあちゃん、あんたのひいひいばあちゃんの味やけん」
祖母は遠くを見るような目でそう言った。
ひいひいばあちゃんは、何を作っても旨い人だったらしい。祭りの日には、よそからわざわざ食べに来る者がいたほどだという。
祖母がまだ五、六歳の頃の秋祭りの夜。
昼間ははしゃぎ回り、夕方には疲れてうたた寝をしてしまった。目を覚ますと家には妹と高祖母しかいなかった。台所から鍋をかき混ぜる音がしていた。
「団子汁しよるん?」
声をかけると、高祖母は振り返り、踏み台を寄せた。
「覚えときな。あんたが作る番になるけん」
いりこの出汁は早めに引き上げること。野菜は多く、団子は欲張らず、浮いてくるのを待つこと。
高祖母はそう言いながら、祖母の手を取って教えた。
鍋が仕上がった頃、玄関が開き、「おごめん」という声が響いた。
高祖母は祖母を制し、何も言わずに椀を五つ用意した。
仏間には誰もいなかった。
それなのに、高祖母は誰かが座っているように、円になるよう椀を並べた。
襖を閉めた瞬間、笑い声がした。
「あれが孫娘か」
「汁をこぼしよる」
「まあええ、旨いわ」
祖母はその場で足が抜けなくなったという。高祖母に引きずられて台所に戻り、震える手で団子汁を啜った。
「あれらはな、毎年この日に食べに来る」
高祖母は平然とそう言った。
「覚えさせよったんよ。次は誰が作るか」
その年以降、祖母は祭りの日に団子汁を作り続けた。姿を見ることはなかったが、椀は空になった。
だが、高祖母が亡くなって最初の年。
祖母が作った団子汁は、誰にも食べられなかった。
「なんで来んかったんやろなぁ」
そう言う祖母の団子汁には、出汁殻のいりこが浮き、団子の芯は白かった。
私は大人になり、家庭を持ち、子どもに団子汁を作る。
高祖母の言葉を思い出しながら、手間を惜しまず作っているつもりだ。
それでも、ふと考える。
祭りの日にこの家の台所から漂う匂いは、誰に届いているのだろうか。
味を確かめる舌は、いま誰のものなのだろうか。
息子が椀を空にするのを見ながら、私はいつも、もう一つ余分な椀を洗ってしまう。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「凪 ◆gRc5iHyE」 2019/02/17]