短編 ほんのり怖い話

首あり地蔵【ゆっくり朗読】1600

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「なあ、お前ら『首あり地蔵』って知ってるか?」

「怖い話投稿:ホラーテラー」なつのさん 2010/07/28 06:47

数年前の話になる。僕らは当時大学三年生だった。季節は夏。大学の食堂で三人、昼飯を食べていた時だ。

怪談好きな忠治が雑談の、ふとした合間に話しだしたのが、そもそもの始まりだった。

「首あり地蔵ってお前、そりゃ普通のお地蔵様だろ」

僕の隣に座って味噌汁をのんでいた清助が馬鹿にしたように言う。忠治と清助と僕。

忠治はカレーの大盛りで清助はシャケ定食で僕は醤油ラーメン。いつものメニュー、いつものメンバーだった。

でも確かに。『首なし地蔵』だったならば、はっきりとは思い出せないが、何かの怪談話で聞いたことがあるかもしれない。

話のネタにもなるだろう。しかし、忠治は『首あり地蔵』と言ったのだ。清助の言う通り、それは首のある普通のお地蔵様だ。

「ちげぇんだよ。あのな、その地蔵の周りにはもう五体地蔵があってな。『首あり地蔵』の一体以外は全部頭がねえんだってよ」

なるほど。だから『首あり地蔵』か。僕はその様子を想像してみた。六体の地蔵の内、一体だけにしか首が無い。

「ねえ、何でそうなってんの?」

「それがな、その一体だけ首のある地蔵が、他の地蔵の首をチョンパしたっつう話なんだよ。これが」

そう言って忠治は舌を出し、スプーンで自分の首を掻っ切る仕草をした。

「でも、そんなことして、地蔵に何の得があるんだよ」

「さあ? 知らねえよ。お供えモン独り占めしたかったとかじゃね?」

忠治がそう答えると、清助が、ごほっごほっ、と咳をした。それからポケットティッシュを取り出し口元を拭うと、
「…馬鹿野郎。喉につかえたじゃねーか」

「何だよ、俺のせいかよ」

不満げな忠治に、お前のせいだよ、と清助が言う。僕はというと、その地蔵に少し興味を抱き始めていた。

「で、忠治さあ。その首あり地蔵については、他になんかないの?」

「ああ、あるぞ。なんてったって、『首あり地蔵』は人を襲う」

その瞬間、再び清助が咳き込んだ。

「夜な夜な動き出してさ、人の首を刈り取って来るらしいぜ? 『要らん首無いか…要らん首無いか』ってぶつぶつ言いながら。寺の回りを徘徊してんだとよ」

「…もうやめてくれ、今の俺は呼吸困難だ」

清助は、咳き込んだせいか涙目になっていた。

「何だよ清助。ロマンがねーな。俺の話が信じられねーのかよ」

「何がロマンだボケ。忠治、お前、すぐにでもその地蔵に謝ってこい」

「それだって!」

と、忠治が大声を出したので、僕は驚いた拍子にむせたら、ラーメンの切れ端が鼻から出てきた。久しぶりだこんなこと。

「今日の夜、行こうぜ? 確かめるんだよ、俺たちで。噂が嘘なら何ぼでも謝ってやるからよ」

忠治が言う。清助は呆れたように天井を見上げた。また始まった、と思ってるんだろう。
忠治は、そういうスポットに行くことを好む、所謂肝試し好きなのだ。

今までだって、忠治が発案し、僕が賛成し、清助が引っ張られる形でそういういわく付きの場所に足を運んだことが何度もある。

「んじゃあ、今日の夜は首あり地蔵で肝試しってことで、決まりな」

忠治が強引に話を進める。清助が救いを求めるように僕の方を見た。僕はラーメンをすすりながら清助に向けてニンマリ笑って見せる。

清助は半笑いのまま力なく項垂れ、黙って首を横に振った。

「…というか、その地蔵近くにあるのかよ」

「おう。浄縁寺ってとこ」

その名前を聞いた時、うなだれていた清助の首が少し上がり、眉毛がピクリと動いた。

そうしてから、隣に居た僕くらいにしか聞こえない程の声で、
「そうか。浄縁寺か…」

と呟いた。僕は一体何だろうと思ったのだが、あいにくその時は口の中一杯にラーメンが詰まっていたので、それを聞くことは出来なかった。

その後は聞くタイミングを掴めぬまま、あれよあれよと言う間に具体的な集合場所と時間が決定した。

こういうときの忠治の手際の良さはすさまじいものがある。但し、普段はまるで発揮されないのが痛いところだ。

こうして、僕らはその日、浄縁寺の首あり地蔵の元へと、足を運ぶことになったのだ。

夜中、僕らはそれぞれ個別に、浄縁寺がある山のふもとで集合ということになっていた。
浄縁寺は、僕ら住む街を一望できる小高い山のてっぺんに、展望台と隣接する形で建っている。

寺までは、数百段の石段が続いており、僕は知らなかったのだが、目的の地蔵はその道中にあるそうだ。

集合時間は十一時。時間を守って来たのは僕だけだった。

十五分待って、バイトで送れたという忠治と、寝坊したという清助がほぼ同時にやって来た。

熱帯夜だと言う蒸し暑い夏の夜。僕らは三人は懐中電灯を片手に汗だくになりながら、地蔵があるという場所まで。

特に僕は、日ごろの運動不足がたたってか、前を行く二人を追いかける形で、ひーこらひーこら言いながら石段を上っていた。

山の中腹を少し過ぎた頃だっただろうか。

「おーい、早く来いよ。あったぞー」

という忠治の声が、大分上から響いてきた。

僕が二人に追いつくと、そこは石段の脇が休憩のためのちょっとした広場になっており、地蔵は、その広場の端に六体、横一列に並んでいた。

僕は乱れた息を整えてから、地蔵をライトで照らす。

確かに、僕の腰よりちょっと背の低い地蔵たちは、右から二番目の一体を除いて、残りは全部首が無い。

「これで、一つはっきりしたな。少なくとも、この地蔵は夜な夜な徘徊はしていない」

清助が忠治に向けて、からかい半分の口調で言う。

「ごめーんちゃい!」

「くたばれ」

漫才コンビは今日も冴えている。

「っていうか何だ何だー。つまんねーな。夜は地蔵さん、鎌でも持ってんのかと思って期待してたのによー」

そりゃどこの死神だ。と思わず僕も突っ込みそうになった。

「でもよ、ホントに他の地蔵は首がねーんだな」

「何、忠治。お前ここ来たこと無かったの?」

今日の話しぶりからして、僕は忠治がここに何度も来たことがあるものだと思っていた。
「いんや。噂で聞いてただけ、面白そーだからさ。見に来てーなーとは思ってたけどよ。ちょっと拍子抜けだなー」

「…この地蔵はな。正式には、『撫で地蔵』っつうんだよ」

ふと、清助が、呟くように言った。

「なんだよ。お前この地蔵に詳しいの?」

「ん、ちょっとな。見ろ、この地蔵、頭テカってるだろ」

清助が懐中電灯の光で地蔵の頭を照らす。そう言われれば、この地蔵の古ぼけた身体に対して、頭だけは比較的小奇麗だった。

「触ってみりゃもっと良く分かるんだけどな。

元々願掛けしながら撫でるとその願いが叶うって言われの地蔵だから、撫でられすぎて、そうなったんだ」

そうなのかと思った僕は、そっと、首あり地蔵のつるつる頭を撫でてみた。

何だかボーリングの玉を撫でている感じだ。撫で心地は中々いい。

「今でも、知ってる人は知ってるんだけどな。

昔はもっと有名だったらしいな。浄縁寺の撫で地蔵って言えばな。けど、そのせいなんだよ」

忠治も僕も清助の話を黙って聞いていた。

何だか、昔話を語る様な話しぶりは、普段の清助とは少しだけ違っている様な気がしたのだ。

「三十年くらい前の話らしい。六体全部の首だけが盗まれるって事件があった。犯人は分かってない。

綺麗に首だけ取られてたんだってよ。ただの愉快犯か、それとも、撫で地蔵のご利益を独占したい輩でもいたんだろうな」

「…おいおいおい、ちょっと待てよ。じゃあ、この首はなんなんだ」

忠治が言う。それは僕も思った。当然の疑問だ。

「職人に頼んで、地蔵の首だけすげ替えたんだとよ」

僕は改めて地蔵を見てみた。言われてみれば、首の辺りに多少のヒビがある様にも見える。

頭だけ小奇麗なのも、人々に撫でられるだけが理由じゃないということか。

「でも、修復したっていっても首の部分はやっぱり弱くなってたんだろうな。

それ以降も、皆に撫でられ続けた地蔵の首は、一体ずつ取れていったんだ。

二度目は寺の方も直す気が起きなかった。

…それにしても、まさに身を呈して民衆を救うか、地蔵の本懐だな」

そこまで聞いて、僕は少し不思議に思った。清助のこの地蔵に関する知識に対してだ。

予め予習してきたにしても、知り過ぎてはいないだろうか。隣の鈍い忠治だって、そう思ってたに違いない。

そんな僕らの疑問を察したらしく。清助は若干バツが悪そうに頭を掻いた。

「俺が小さい頃はな、まだ二体は残ってたんだよ。首」

清助は言った。

「実はな。五体目の首もいだのって、俺なんだ」

意外な展開と言えばそうだったかもしれない。

でも、清助の語り口からはそんなに罪の告白だとか、
そう言った重々しいものは感じられず、ただ単に、昔の失敗談を語っている様な、そんな口調だった。

「昔、家族とこの寺に来た時にな、地蔵の頭撫でたんだよ。
願いながら撫でるとその願いが叶うっていう地蔵だろ?
俺はひねくれたガキだったから、撫でながら言ったんだ」

「何て言ったんだ?」

忠治が訊くと、清助は肩を竦めて、

「もげろ」

「…は?」

「『もげろ!』って叫んだんだ。撫でながら。そしたら、もげた。本当に」
清助の話によると、ごり、と音がして、手前の、清助の方に地蔵の首が落ちてきたのだそうだ。

その時はまるで地蔵が頷いた様に見えた。と清助は言った。

「まあ、たまたま俺が撫でた時と、限界が重なっただけだろうけど。それでもあの時は本気で驚いた。

これがご利益か、とか思ったよ。そのあと、上の寺から坊さんが来てさ。すげえ怒られたな」

言いながら、清助は地蔵の前にしゃがみこみ、その頭に手を置いた。

そうして、ゆっくりと地蔵の頭を撫でながら、叫ぶでもなく、呟くでもなく、全く自然にその言葉を口にした。

「こう…、『もげろ』ってな」

ぼり。

鈍い音がした。

次の瞬間には、地蔵の頭は、あるべき場所に収まっていなかった。どさり、と地面に重量のある物体が落ちる音。

「うわ」

とは僕の声。

清助は、手を前に差し出したままの状態で地蔵を見つめていた。

「おおう! マジでもげやがった」

忠治が感嘆の声を上げる。

「とまあ…、こんなこともある」

清助は、あくまで冷静を保っていた。忠治が、落ちた首に近寄って「どーなってんだ?」とつついている。

僕は、この目の前で起きた現象をどうとらえればいいのか、イマイチ判断がつかずにいた。

今日という日の夜、清助撫でられ限界を突破してしまったのか。それとも、地蔵が清助の願いを聞き入れたのか。

「…帰るか」

ゆっくりとその場に立ち上がりながら、清助が唐突に呟いた。

「え、地蔵は、どうすんのさ?」

「どうにもならん」

「え、ええぇぇ?……」

清助は本当に、このまま帰るつもりだった。

かといって僕にもどうすることもできない。

弁償の件が頭をよぎるが、「触れただけでああだ。風が吹いただけでもげてたよ」と、清助がこちらの心理を見透かしたような発言をする。

しかし、となれば、このまますごすごと帰る以外の選択肢が僕にはない。

帰るか。

こうして、首あり地蔵は、首なし地蔵になったのだった。めでたし、めでたし。

とは、いかなかった。

僕と清助が戻ろうとしたとき、忠治だけは、まだ地蔵の首のところに居た。僕らはそれに気付かず、先に帰ろうとしていたのだが。

「…要らん首、無いか?」

声が聞こえた。

振り向くと、忠治が、先ほど落ちた地蔵の首を両手に抱えて、無表情で立っていた。

「え、何?」

僕が聞き返すと、忠治は、また言った。

「要らん首、無いかえ?」

その時の忠治の様子をどう表現すればいいのか。そんなハイレベルな冗談を言える忠治ではないし。それに、いつもの忠治で無いことだけは分かった。

「あったら、もらうぞ?」

「え、いや、ってか…」

「おんしの首でも、ええぞ?」

「無い」

答えたのは清助だった。

「少なくとも、俺らは要らん首は持ってない」

「…ほうか」

忠治が地蔵の首を地面に落した。どずん、と音がした。

その瞬間、忠治の体が、電気が走ったかのように、びくん、と震えた。

「…あれ…、何? んっ? え? 俺、寝てた?」

忠治は先ほどの自分の言動を、覚えてないのか。

「知るか。帰るぞ」

清助はそう言って、さっさと広場を抜け、階段を降りようとする。

「え、ちょっ、待てって! 何? 説明しろよ!」

清助の後を、慌てて忠治が付いていく。

僕は、しばらくその場にとどまって、ぼんやりと地面に落ちた地蔵の首を見つめていた。
不思議と、怖いという感情はこれっぽっちも沸いてはこなかった。

地蔵は、まだ働くつもりだったのだろうか。人々の願いをかなえるために。

そう言えば、さっき地蔵を撫でた時に、僕は何も願いを思い描いてなかった。

僕はふと思いいたって、地蔵の首を持ち上げた。重い。すげー重い。

切断面を確認し、僕は、地蔵の首を、元通りの位置に置いた。そして撫でた。

「く、くっつけよ~、くっつけよ~」

そっと手を離す。

首は、また落ちたりはしなかった。そろそろと後ずさり、僕は二人を追いかけてその場を後にした。

その後、しばらく経って、浄縁寺の地蔵が首のない地蔵が取り壊されたらしいぞ、と忠治から聞かされた。

それって何体?……

とは聞かないことにしておいた。

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