午前二時ちょうどに、毎晩、非通知の電話が鳴った。
出ても、相手は何も言わない。
最初の二晩は、それだけだった。
三日目の夜、受話器の向こうで水の音がした。
細く、切れずに落ちつづける音だった。
そのあとで、低い駆動音が混じった。冷蔵庫みたいな、古い家電の唸り声に似ていた。
さらに、その奥でテレビのニュースが小さく聞こえた。
流れていた内容が、いま自分の部屋でつけているニュースと同じだった。
テレビを消した。
部屋は静かになった。
でも、受話器の向こうではニュースだけが、少し遅れて流れつづけていた。
四日目の夜は、呼吸が聞こえた。
すー。
はー。
深くも荒くもない、落ち着いた息だった。
電話越しというより、薄い壁一枚向こうで誰かが眠っているみたいな近さだった。
自分も息を止めてみた。
向こうの呼吸は止まらなかった。
しかも、ほんの少しだけ遅れていた。
同じ間隔に聞こえるのに、ぴたりとは重ならない。
こちらのあとを、半拍だけずらしてなぞっているようだった。
五日目の夜、硬いものが卓上に触れる音がした。
コップの底みたいな、短く乾いた音だった。
そのとき、わたしはベッドから動いていなかった。
水も飲んでいないし、台所にも行っていない。
六日目の夜は、一時五十九分の時点でベルを切った。
スマホの電源も落とした。
テレビも消した。
部屋の中から、音を一つずつ消していった。
二時になっても、何も鳴らなかった。
そのまま眠ってしまったらしい。
朝、留守番電話のランプが点いていた。
昨夜、二時ちょうどの着信だった。
再生すると、最初に水の音がした。
次に、低い駆動音。
少し間があって、布団の擦れる音が入る。
録音の中で、誰かが寝返りを打った。
昨夜、自分が打った寝返りと同じところで。
そのあと、呼吸が聞こえた。
すー。
はー。
昨夜、受話器の向こうで聞いたものと同じだった。
やはり少しだけ遅れていた。
やがて、きし、とベッドが鳴った。
誰かが体を起こした音だった。
無音が落ちた。
そのあと、女の声がした。
「……もしもし。」
少し間があいた。
「起きてる?」
自分の声にしか聞こえなかった。
そこで終わりだと思った。
録音はまだ続いていた。
受話器を持ち直すような、小さな擦れ。
それから、さっきより近い声で、わたしが言った。
「ねえ」
間。
「いま、そっちのベッドの横に立ってるの、だれ?」
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]