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二つ枕の儀 r+6,927

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地元は山の奥にある集落だった。

舗装の剥げた一車線の山道を登った先にある、小さな盆地のような場所で、いまではもう、墓石と崩れかけた蔵が残るだけだ。

中学を出てすぐ県外の高校に進学し、そのまま地元から離れた。戻るのは年に一度あれば多いほうで、就職してからはほとんど戻っていなかった。

そんなある年の春先、実家から久しぶりに電話があった。「たまには帰ってこい」――そんな文言はいつもどおりだが、今回は妙に声の調子が柔らかくて、気がかりになった。仕事も一段落していたし、久しぶりに顔を見せるかと、車を出した。

峠を越えて集落に入ると、やけに人の気配があった。何かの記念日かと思ったが、カレンダーを見ても特別な日はない。親戚一同が揃っていて、拍手のように俺を迎えた。普段は盆か正月でもなければ顔を出さないような叔父や叔母までが、玄関先に並んでいた。

縁側でタバコをふかしていた祖父が、俺の顔を見て笑った。

「よぉ、久しぶりだな。これでようやく祝言の儀ができる。いやぁ、よかったよかった」

祝言――耳慣れない言葉が引っかかった。まさか見合いの話かと身構えたが、祖父は手をひらひらと振って笑った。

「いやいや、そういうのじゃない。いいことだよ。ちょっと老人の道楽に付き合ってくれれば、それでいい」

その夜は、異様に豪華な食事が出た。海の幸がこれでもかと並び、まるで旅館のような皿数だった。ここは山奥の集落だ。魚市場まで車で二時間以上かかる場所だぞ。

酒を飲まされ、腹を満たしたころ、祖父に呼ばれた。九時を少し回ったくらいだったと思う。離れの小屋に連れていかれると、そこには祖父と数人の年寄りが車座に座っていた。促されるまま、その一端に腰を下ろすと、祖父が口を開いた。

「お前、彼女はいるのか? あるいは、結婚を考えてる相手は?」

返答に困った。俺は二十代後半で、恋人もいなければ経験もなかった。恥ずかしさを笑いに変えようとして、「童貞ですわ」と茶化すように言ったが、誰も笑わなかった。祖父がまじまじとこちらを見て、低い声で念を押してきた。

「ほんとうに、誰とも関係はないんだな?」

ああ、と答えると、老人たちはうなずき合い、祖父が言った。

「お前は今から、神さまと契ることになる」

言葉の意味が理解できなかった。冗談のような声色だったが、空気は笑いを許していなかった。

「寝てればいい、あっという間だ」

そう言われて連れていかれたのは、屋敷の裏手にある、今では使われていない離れだった。板の間に畳が敷かれた部屋に、二つの枕が並んだ布団が敷いてあった。隅の桶には水が張られ、衣桁には女物の着物が掛けてある。何かの儀式かと思ったが、言われたとおり布団に入り、眠った。

夜中、気配で目が覚めた。腕時計を見ると午前二時を少し回っていた。目を閉じると、衣擦れの音と、水音が聞こえてきた。静かに布団が沈み、背中に温かいものが触れた。

誰かが俺を後ろから抱くように、体温が密着してくる。女の匂い――花とも、獣ともつかぬ香りが、鼻を撫でた。恐怖よりも、深い眠気のほうが勝って、俺はそのまま眠ってしまった。

朝、体が鉛のように重かった。筋肉痛のような鈍い痛みが全身に残っていたが、風呂に入り、豪勢な朝食を取るうちに少しずつ回復していった。

食後、再び祖父に呼ばれた。今度は、儀式の意味について話すという。

この山には、古くから女神が祀られているという。名は伏せられた。集落に古くから伝わる風習で、代々、その神の婿を迎える儀式が存在していたらしい。だが過疎が進み、若い男がいなくなって、長らく中断されていた。

「お前がちょうどいい年で、血筋も合っていた。相手はずっと独りでおってな……これも巡り合わせというやつだ」

言葉を失ったが、恐怖はなかった。元々、結婚にもあまり興味がなかったし、神の婿になったからといって不便はなさそうだった。祖父の言葉が、ひとつひとつ、腹に落ちていった。

「この先、お前は大病もせんし、怪我もせん。浮いた話はないかもしれんが……死んだら、神になる。なかなか悪くない話だろう?」

そう言って、祖父は笑った。

あれから十年、確かに俺は健康に生きている。大きな病気もなければ事故もない。金に困ることもなく、特別な苦労もない。ただ、女の影はまったくない。

それが物足りないかと問われれば、答えに困る。でも夜、ふと目を覚ますと、あのときのように、背中に温もりを感じることがあるのだ。

もう夢か現かわからなくなっているが、俺はいま、神の婿として、誰よりも静かな生活を送っている。

そしてこの状態は、童貞と言っていいのだろうか。

……いや、もう人間ですらないのかもしれない。

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