夜ごとに鳴る声よりも、いま思い出して汗ばむのは、最後に見た「あれ」の在り方だ。
東北の外れ、地図を拡大しなければ出てこないような小さな集落で、私は一年も暮らしていない。
第二子を産んだ直後、横浜から夫の故郷へ移った。育児に追われる毎日から抜け出せると思った。裏は低い山、横には細い川、同じ間取りの家が几帳面に並ぶ分譲地。整いすぎていることを、当時は安心材料と受け取っていた。
最初に違和感を覚えたのは、裏山だった。背丈ほどの木々に、ところどころ注連縄が巻かれている。誰かが管理している様子はないのに、石祠だけは妙に新しく、足もとには獣の骨と古びた人形が転がっていた。
大家の老婆は言った。「奥には入らないことだよ。迷うからね」。
三百メートルもない丘で、迷うはずがない。それでも私は反論できなかった。言葉というより、命令に近かった。
雪が降りはじめた夜、最初の声を聞いた。
子どもを寝かせ、居間でくつろいでいたときだった。窓の外から、低く湿った唸りが届いた。テレビの音をかき分けて、骨の内側に触れてくる。
「グルルルル……」
夫と視線がぶつかった。次の瞬間、声は裂けた。
悲鳴とも咆哮ともつかない音が、何度も重なった。襲われる気配だけがある。だが走る音も、枝の折れる音もない。ただ、空間に声だけが浮いている。
夫が障子を開け、庭を照らした。雪はまっさらだった。五センチほどの白が、誰にも踏まれていない。足跡はない。
翌朝、私は裏山まで歩いた。雪は均一で、乱れがない。何も起きていない世界が広がっていた。
隣のAさんは、私の話を最後まで聞いてから、小さくうなずいた。「うちも、聞いたことある」。
警察を呼んだ夜もあったという。結果は同じ。足跡はひとつもなかった。「その日も雪だった」。
さらに彼女は言った。「天窓、気をつけたほうがいいよ」。
玄関の上にある小さな明かり取りの窓。そこに、背の高い影が映ることがあるらしい。街灯のせいかと思ったが、位置が高すぎるという。
「うろうろしてるの。玄関の前で」。
その翌朝、ムカデや鳥の死骸が落ちている。笑いながら「お供えみたいでしょ」と言ったが、目は乾いていた。
私はその夜、天窓に布を張った。
影は見えなかった。代わりに、二度、蛇の死骸が玄関に置かれた。山の動物だと夫は言った。偶然だと。私は、偶然という言葉が急に頼りなく感じられた。
長男が山を指して泣いた日がある。「あそこにいる」。
翌日、Aさんの娘と遊んでいた長男が、蒼白で駆け込んできた。「山から来た。Aちゃんを連れていこうとした」。
その瞬間、私は気づいた。声も影も、こちらに来ているのではない。最初から、ここにいたのだと。
夫の実家との関係が悪化し、私たちは横浜へ戻ることになった。荷物をまとめ、最後にAさんの家を訪ねた。
「まだ来るの」と尋ねると、彼女は少しだけ笑った。
「最近、変わったの」。
「どう変わったの」。
「前はうろうろしてた。でもね、今はずっと立ってるの。天窓の向こうで」。
そこで言葉を切り、彼女は私を見た。
「こっち見てる。……たぶん、誰かを待ってる」。
帰り際、私は自分の家の天窓を見上げた。布の端が風で揺れている。その向こうに、何もないとわかっているはずなのに、視線だけが合った気がした。
横浜に戻ってからも、雪が降る夜は落ち着かない。窓の外で風が鳴るたび、あの唸りに似ていると思ってしまう。
この冬、玄関の上に、小さな明かり取りの窓がある家に引っ越す予定だ。
間取りは偶然だ。山もない。川もない。
それでも、雪が積もった朝、私はきっと足跡を探すだろう。
踏まれていない白が、完璧なままであることを、確かめるために。
そしてもし、何もなかったら。
あれは、どこに立っているのか。
[出典:778 :白神さん:2021/10/29(金) 16:16:30.84 ID:Udbs0ahm0.net]