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根絶やしの記憶 r+8497

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事の発端は、夫が風邪をひいて寝込んだことでした。

今年七月の終わりの土曜日、夫と二人で久しぶりに出かけた帰りのこと。家に着いた途端、夫が「頭が痛い、寒い」と訴え、見るからに具合が悪そうでした。すぐに熱を測ると微熱だったので布団に入れましたが、数時間後には39度を超える高熱に。夫は市販の風邪薬を飲めない体質のため、慌てて夜間診療の病院に連れて行きました。

診断結果は「ただの風邪」。処方された薬を飲ませ、ベッドに寝かせた夫は、ぐっすり眠り始めました。ほっとした私は気が緩み、朝方になってリビングのソファで横になりました。


ふと、夫の声が聞こえた気がして目を覚ましました。寝ぼけたのかと思いましたが、耳を澄ますと、それは確かに寝室から聞こえてきます。胸騒ぎを覚え、そっと寝室を覗くと、夫が何かを歌っていました。

「すみのあに……とうとうと……おかありを……すえらかす……」

暗い部屋で、まるで呪文のような不明瞭な言葉を繰り返す夫。その姿は異様でした。普段から音痴な夫の歌は、旋律らしきものがあったのかもわかりません。それでも、何か禍々しいものを感じました。

「熱で頭がおかしくなったのかも」と動揺しながら、氷枕を取り換えるために近づくと、夫は突然歌をやめ、また穏やかな寝息を立て始めました。その静寂が、逆に不気味でたまりませんでした。

翌朝、夫は熱が下がり、普段通りの様子でした。私は恐る恐る昨夜の出来事について話しましたが、夫は「全然覚えていない」と言い、「ただの夢でも見たんじゃない?」と軽く流しました。けれど、私はどうしてもあの歌が頭を離れず、不安が募っていました。


数日後の朝、夫がベランダでタバコを吸いながら独り言を言っているのが聞こえました。

「……これが……ねだやしだな……」

「根絶やし?」その言葉を耳にした瞬間、背筋が凍りました。とっさにベランダに出て「今何を言ったの?」と問い詰めると、夫は驚いたような顔で、「え?俺そんなこと言った?」と首をかしげました。どうやら、自分が口にした覚えは全くないようでした。

その不吉な響きに、私の不安は増していきました。


さらに奇妙な出来事が起きたのは八月に入ったころ、夫の友人スーさんが泊まりに来た夜でした。スーさんは、夫と学生時代からの友人で、結婚後も我が家によく遊びに来る気さくな人です。

その夜、スーさんが風呂に入っている間、脱衣所の前を通りかかった私の耳に聞き覚えのある旋律が届きました。

「とうとうと……おかざりを……すべらかす……たまずさが……とけぬうち……」

――あの歌だ。夫が寝ながら歌っていた、不気味な旋律そのもの!私は震える手で夫を呼びに行きました。

「スーさんが……あの歌を歌ってる!この間、あなたが寝てたときの……!」

夫と一緒に脱衣所に向かいましたが、スーさんは既に歌をやめ、シャワーの音だけが響いていました。お風呂から出てきたスーさんに問い詰めましたが、本人は「俺、歌なんて歌ってないよ」と不思議そうに首を振るばかり。

その夜、三人でお酒を飲んでなんとか場を和ませましたが、私の胸のざわめきは収まりませんでした。


お盆の帰省中、恐怖は頂点に達しました。

夫の実家は四百年以上続く旧家で、今の建物は新しいものの、土地自体は非常に古いそうです。義父母はその土地にある家系の歴史や因縁について多くを語らないため、詳しいことはわかりません。ただ、夫は長男で、ほかに男兄弟はいません。

その夜、夫の実家に泊まった私は、寝ていたはずの夫が朝方に布団の上で正座しているのに気づきました。時計を見ると午前4時を回ったころ。薄明かりの中、正座する夫の顔は真っ青でした。

「どうしたの?」と声をかけると、夫はポツリと言いました。

「お前、この間、俺が『根絶やし』って言ったって言ってたよな……?」

「言ったけど……どうしたの?」

夫の顔は明らかに怯えていました。

「……見た。さっき……夢かもしれないけど、髪がぐちゃぐちゃで長い、真っ青な顔した女。白い着物を着てたんだけど、その着物も髪も地面を引きずってて……廊下を這うみたいに動いてた。その人が……『根絶やし』って言った気がした。」

「夢じゃないの?」と私が問いかけると、夫は少し間をおいて、低い声でこう言いました。

「……俺、あの人見るの二回目なんだ。小学生のとき、同じような女の人を見たことがある。」

私は全身が凍りつきました。夫が見る夢と、私たちの周りで起きる奇妙な出来事。それは偶然ではなく、この家や土地に何か関係しているのかもしれない――そう確信せざるを得ませんでした。


その後、夫は何事もなかったかのように普通に過ごしていますが、私はいまだに心が休まりません。そして今朝未明、再び夫が寝ながら歌い出しました。

「すみのはに……とうとうと……おかざりを……」

またあの歌。私は夫を必死に揺さぶり、目を覚まさせましたが、彼は「何?」と眠そうに呟くだけでした。このままでは本当に何かが起こる気がしてなりません。

お祓いをしなければ――そう思いながらも、これで解決するのかどうか、自信はありません。歌が、言葉が、夢が、すべて繋がるとき、私たちは何を目にするのでしょうか。

終わりの見えない恐怖の夜は、今も続いています。

[出典:418 本当にあった怖い名無し 2009/09/14(月) 13:15:32 ID:AVblIAaP0]

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