子どもの頃、一日に何度か、まるで時間が巻き戻るような感覚に襲われたことがある。
例えば、遠足の帰り道、ようやく家に着いたと思って玄関に手をかけた瞬間、ふと気づけば山道を登る途中に戻っていたり。ゼリーが固まった!と喜んで皿を並べようとしたら、まだ材料すら冷蔵庫から出していなかったり。妄想が現実に追いついていない、なんてことも子どもにはよくある話なのだろう。
けれど、あれだけは違った。今でもはっきり覚えている、少し奇妙な出来事がある。
その日は平日で、小学生の自分は学校が休みだった。家には祖母と二人きり。昼食に何を作るか、台所で相談していた。
「ばあちゃん、今日は何するの?」
「にゅうめんと野菜の素揚げにしようかね。冷蔵庫にナスとカボチャがあるから、揚げたら美味しいよ」
祖母はそう言うと、手際よくナスを切り始めた。包丁の音が心地よく響くキッチンで、自分は野菜の皮をゴミ箱に捨てるだけの簡単な手伝いをしていた。ちょうどその時、家全体がぐらりと揺れた。
「ドオオンドオオン!」
重低音の轟きに、心臓が一瞬止まったように感じた。祖母も動きを止め、まな板の上のナスを見つめていたが、すぐに「ちょっと外を見てくる」と言って勝手口へと向かった。
戻ってきた祖母は、落ち着いた声で言った。
「浅間山が噴火しただけだよ。大丈夫、ここまでは来ないから」
「ほんとに大丈夫なの? 火山が噴火ってヤバくない?」
「遠いから平気だって。お昼ご飯の準備を続けよう」
祖母の言葉に、まだ胸の鼓動が落ち着かないながらも、その場の安心感に包まれた。祖母の穏やかな目を見て、なんとなくそのまま納得してしまった。
次に気づいたとき、自分はリビングにいた。時計を見れば、朝の7時。窓の外には白い朝靄がかかっていて、庭に干された洗濯物が風に揺れている。さっきまでの昼の光景が、まるで夢だったように感じた。
そこに、祖父が扉を開けて入ってきた。
「おい、仏さんにお茶、入れたか?」
「あ、たしか入れたと思うけど……」
そう言いつつ仏壇を見に行くと、茶碗は空っぽだった。たしかに入れたはずなのに、記憶が曖昧に揺らいで、不安が胸に広がった。急いでお茶を入れ直しながら、何か大事なことを忘れているような、そんな感覚に囚われた。
「ばあちゃん、どこ行ったの?」自分は祖父に尋ねた。
「今日は仕事で昼まで帰ってこないぞ。なんか食いたいもんあるか?」
「えっ?……でも、さっきばあちゃんとにゅうめんの準備してたよ?」
「お前、寝ぼけてるんじゃないのか。昼はじじいが作るから、楽しみにしてろ」
祖父が笑いながらそう言うのを聞いて、ますます困惑した。さっきまでの出来事があまりにリアルで、その感覚がまだ肌に残っているからだ。
昼食の時間。台所から、じじいが「できたぞー!」と呼ぶ声がする。席につくと、湯気の立つにゅうめんと揚げたてのナス、カボチャがテーブルに並んでいた。
「これ、ばあちゃんと作ったやつじゃん!」と思わず声をあげる。 「なんだ? じじいの腕前がそんなに似てるか?」祖父がニヤリと笑う。
その笑みが不思議に不安を引き起こしたが、それ以上は言い出せず、ぼんやりしながらテーブルを拭いた。
「そろそろ浅間が噴火する時間だ」と胸がドキドキする。
でも、その日は何も起こらなかった。轟音も揺れもなく、ただ静かな昼下がりだった。
[出典:418 本当にあった怖い名無し 2013/11/17(日) 10:28:36.96 ID:GK9cHHzqO Be:]