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登ってくる足跡 rw+4,425-0114

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現役のアメリカ海兵隊士官から聞いた話だ。

酒が入った夜だった。場が緩み、誰かが硫黄島の話題を出したとき、その士官は少し黙ってから、低い声で言った。
「あれは……本当に、おかしい夜だった」

太平洋戦争末期、硫黄島。
摺鉢山を巡る戦闘は、教科書にも載るほど有名だ。彼の祖父は、その激戦に参加した海兵隊員の一人だったという。

激闘の末、摺鉢山は制圧された。翌朝、山頂に星条旗が掲げられた。
誇示であり、合図であり、勝利の象徴だった。

だが、次の朝。
旗は倒れていた。

風のせいだろうと考え、立て直した。
しかし、また翌朝には倒れていた。
三度目には、鉄製の旗竿に替え、周囲を固め、記録用にカメラマンまで呼んだ。ほとんど儀式のような掲揚だった。

それでも、翌朝には折れていた。
ねじ切られたように、根元から。

冗談では済まされなかった。
残存兵か、潜伏者か。
若手の士官が志願して夜間の見張りに立った。祖父だった。

午前二時過ぎ。
霧が斜面を舐めるように流れ、湿った土の匂いが濃くなる時間帯だったという。

上方から、石を踏む音がした。
一人ではない。複数。

祖父は銃を構え、呼吸を止めた。
足音は途中で止まり、代わりに、風に紛れた低い声が聞こえた。日本語だった。

次の瞬間、斜面を駆け下りる音が弾けた。
祖父は反射的に発砲し、追った。別の兵も続いた。

夜の山に銃声が走る。
祖父は、覚えたての日本語で叫んだという。

「トマレ!」

その直後、前方から激しい応射があった。
銃弾が左右を掠め、祖父は身を伏せながら斜面を下ったが、足元が崩れ、暗い空洞に落ちた。

塹壕だった。
土と血の匂いが染みついた穴で、頭を打ち、意識を失った。

目を覚ましたのは明け方だった。
上から聞こえる銃声と叫び声で、部隊が山を登ってくるのが分かった。

だが、その朝、山腹には異様な光景が残っていた。
三十名近い兵が、味方の銃弾で倒れていた。

その夜以来、星条旗は夜間には掲げられなくなった。

だが、不可解なことが続いた。
夜明けに再び山頂へ向かうと、毎朝、足跡だけが残っていた。
山を登ってきた足跡だけが。
折れた旗竿の根元まで、確かに続いている。

下っていく足跡は、一つもなかった。

硫黄島で最後の日本兵が収容されたのは、終戦から一か月以上後の昭和二十年九月だという。
それでも、その間、旗は何度も倒され続けた。

士官は、そこまで話すとグラスを置き、それ以上は何も言わなかった。

彼の祖父は、その一件のあと、部隊の中で距離を置かれるようになったらしい。
夜の追撃で何を見たのか、何を撃ったのか。
誰も聞かなかったし、本人も語らなかった。

摺鉢山では、追う者と追われる者の区別が、いつの間にか消えてしまう夜があったのだと、その士官は言っていた。

[出典:191 :本当にあった怖い名無し:2013/11/09(土) 14:05:53.64 ID:fH/aSlNG0]

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