これは、ある地方の古い家系に生まれた友人の話だ。
彼は「俺は憑かれやすい体質だ」と言っていた。子どもの頃から、祖母が常にお守りを持たせてきたという。それは、彼が「良くないモノ」を引き寄せやすい体質だからだと。
彼が十四歳の誕生日を迎えたある日、家族が一同に集まり、ついに彼の出生にまつわる秘密を語り始めた。祖父、祖母、両親が顔を曇らせ、深い覚悟を込めた表情で話し出した。
それは、彼がまだ母の胎内にいた時のことだ。母親が男児を妊娠したことが分かり、家族や親戚が集まりささやかなお祝いの席が設けられた。だが、妊娠八ヶ月の身重の母に負担がかかることを恐れた祖母は、母を静かな奥の間へと連れて行き、仏壇の前で休ませた。
その夜、奥の間から突然、祖母が蒼白な顔で飛び出してきた。そして震える声で、「ヒロ子さんが……ヒロ子さんがおかしい」と叫んだのだ。
襖の隙間から、母がふらりと現れた。だが、その様子は異様だった。目の焦点が定まらず、かすれた老人のような声で「敏行ぃ……敏行ぃ」と何度も呟いていた。普段の母とはまるで別人のようだった。
祖父はその声を聞くやいなや、涙をこぼしながら「カツゴロウ爺、カツゴロウ爺か!」と叫んだ。祖父にはその声が、誰のものか分かっていたのだ。母に憑依していたのは、彼の曾祖父にあたる「勝五郎」という人物だった。
その老人の声は、座ったままの祖父に語りかけ始めた。彼の言葉は地元の古い方言で、古風な言い回しが並んでいた。まるで遠い昔からの呪いが甦ってくるかのような、そんな調子だった。
まず、勝五郎は「我が一族には恨みと呪いが取り憑いている」と言い出した。先祖代々の罪が積み重なり、生まれてくる子どもにその災厄が降りかかるのだと。そして、その災いが母のお腹の中にいる「その子」にも及ぶだろうと語ったのだ。
勝五郎の語るその呪いの元凶は、遠い先祖である「タツミ」という男に起因していた。タツミは彼らの一族の六代目の先祖にあたり、地域の土着神に仕える司祭の地位を持っていた。しかし、その権力を盾に数々の悪事を働いた。地元の信者たちに信仰を強制し、特に女性を蔑み、反抗する者は容赦なく村八分に追いやったという。
また、タツミは神を敬う気持ちなど微塵も持っておらず、祭事や神事を軽視した挙句、供物と称して人を犠牲にすることもあった。ついに土着神が怒り、村には凶作が続き、女子の出生が途絶えるという異変が起こり始めた。村人たちはタツミを激しく憎み、ある収穫祭の日、彼を生贄として暴力で討ち取った。タツミの死後、一族には重い呪いがかけられ、その禍根が長きにわたり続いたのだという。
勝五郎は「生まれてくる子どもには、この呪いが降りかかるだろう。しかし、それでも守ってやって欲しい」と語り終えた。そして、最後に一言、方言混じりで不思議な言葉を母を通じて伝えた。
「がんぐらぎぃなかん きぃふごあるげえ、ごっだらにもたせぇ」
この言葉の意味を祖父はすぐに理解した。それは「岩倉の中に木の札があるから、それを生まれてくる子に持たせろ」という意味だった。家には、長年使われていない蔵があり、祖父は後日その蔵の中を探った。そして、埃をかぶった神棚から油紙に包まれた古い木片を見つけたのだ。驚くべきことに、その木片には、まだ生まれていない彼の名前が刻まれていた。
両親はそれまで考えていた別の名前を諦め、木片に記されていた名を彼の名とした。この古びた木札は、彼が子どもの頃から肌身離さず持たされてきたお守りとして、今も彼の手元にある。そして彼が幼い頃から不思議に思っていた「古臭い名前」の由来も、この時明らかとなった。
その後、彼は幼い頃から何度も命を危ぶまれる出来事に遭遇した。腸閉塞で命を落としかけたこともあれば、沼で溺れかけたこともあった。しかし、その度に命を取り留め、今も無事に生きている。それも、この木札のお守りのおかげだと、祖父は信じていた。
時は流れ、彼は祖父を亡くし、その葬式が終わった後、彼女にこの話を打ち明けた。こうした類の話に理解のある彼女とはいえ、さすがに引かれるだろうと内心思っていた。しかし、彼女はむしろ興味深そうに「やっぱり、そうなんだ」と答えた。
彼が不思議に思っていると、彼女は静かに話し出した。「この前ね、夢の中で、見知らぬヨボヨボのお爺さんが枕元に立って、こう言ったの。『あの子ば守ってやってください』って……」
その言葉を聞いて、彼は背筋がぞっとした。亡き祖父や勝五郎の言葉が、彼女を通じてなお続いているような感覚を覚えたのだ。お守りに刻まれた文字は今やかすれてしまっているが、それでも彼は祖母の教えを胸に、その古い木札を手放せずにいる。
「だらぁ、お守り持っとるか?なくすなよ、失さしたら死ぬぞ?」
祖母がよく口にしていたその言葉が、今も耳に残って離れない。
(了)