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中編 師匠シリーズ

師匠シリーズ 035話 鏡

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035 師匠シリーズ「鏡」

大学一回生の冬。

大学に入ってから出入りするようになった、ネットの地元系オカルトフォーラムのオフ会に出たときのこと。

オフ会とは言っても、集まって居酒屋で飲む程度のものもあれば、ディープなメンバーによる秘密の会合のようなものもあった。

その日も十人ほどの人間が集まって、白木屋でオカルト話を肴に飲んだ後、主要メンバーだけが夜更けに、リーダー格の女性の部屋に集ったのだった。

そのリーダー格の女性とはColoさんという人で、

(なぜか頻繁にハンドルネームを変えるので、そのとき本当にColoだったかは自信がない)

俺のオカルト道の師匠の彼女でもあった人だったので、妙に可愛がられ、若輩の俺も濃い主要メンバーの集まりに混ぜてもらうことがよくあったのだ。

秘密の会合では交霊実験まがいのことをすることもあったが、その日は1次会の流れのまま、Coloさんの部屋でダラダラと酒を飲んでいた。

山下さんという男の先輩が、『疲れてくると人間の顔が4パターンしか見えなくなくなる』という、不思議な現象にまつわる怖い話をしていたところまでは覚えている。

揺さぶられて目を覚ましたとき、部屋には三人しかいなかった。

Coloさん、みかっちさん、という女性陣に俺。

「鏡占いに行こう」

まだ覚醒していない頭に、実にシンプルな構文が滑り込んできた。

なんでも、市内に新しい占いの店がオープンしたのだが、それが一風変わった『鏡を使った占い』をしているのだそうだ。

思わず腕時計を見たが、短針は十二時を回っていた。

しかし二人は、「大丈夫、大丈夫、まだやってる」と言うのである。

洗面所をかりて顔だけ洗っていると、Coloさんがそばにやってきてこう言った。

「困ってることがあるんでしょう。その店の鏡の中には、困難の正体が映るんだって」

困っていること。たしかにある。

Coloさんやオフ会のメンバーには言っていないが、そのころ俺はある女性に絡むやっかいごとの只中にいた。

霊感の強い人に立て続けに出会ったせいか、心霊現象にはよく遭遇するようになっていたのだが、異常な人間のほうがはっきり言ってたちが悪い。

その女性は信じがたいことに、市内の高校で『同級生の血を吸う』という事件を起こして、停学になったことがあるという。

興味をもって彼女のことを調べてまわっていたのが不興を買ったのか、そのころ身の回りに不可思議な出来事が立て続いて起きていた。

もちろん、彼女と関係があるとは限らない。

しかし、最悪の事態を想定して生活するのは、臆病者にとって当然だ。

俺は知り合いにもらった魔除けのタリスマンなるものまで、肌身離さず持っていた。

Coloさんは何を考えているのかわからない独特の表情で、「たぶん、本物だから」と言った。

Coloさんは勘が鋭い。

大学のサークルの先輩でもある俺のオカルト道の師匠には、そのやっかいごとを伝えていたが、恋人を巻き込みたくないのか、師匠はColoさんには教えてないはずだった。

はずなのに、なにか勘づいているような気配がしていた。

三人で連れ立ってマンションの一室を出ると、外はやたら寒く、俺は「帰りませんか」と何度か言ったが、女性二人がノリノリだったため無視され、繁華街のほうへずんずんと歩を進めていった。

ところが、その途上でみかっちさんのPHSが鳴り、みかっちさんは電話口で何事かわめいたかと思うと、走ってどこかに行ってしまった。

俺は面くらうとともにどこかほっとして、「二人になったし、帰りましょう」と言った。

しかしColoさんは首を振ると、「来なさい」と有無を言わせぬ口調で俺を促した。

深夜一時近くになっていたが、まだ明かりの消えない華やかな通りからすこし外れて、薄暗い裏通りを進むと、『学生ローン』と書かれた看板のある小さなビルの前に立ち止まった。

占いの店らしき看板も出ていないが、Coloさんはここだと言う。

そして、地下へのびる階段をずんずんと降りて行くのだった。

地下には『占い』とだけ書かれた怪しげなドアがあり、Coloさんは躊躇なく押し開けて、俺を手招きするのだった。

薄暗い店内には人の気配がなく、厚手の黒い布で遮蔽されたカウンターらしきところに、人の手が見えた瞬間は思わずビクッとした。

Coloさんがその布越しになにか話しかけると、白い手は店の奥を指差したかと思うと、スゥっと消えるように引っ込んでいった。

狭い店内は黒で統一され、天井の照明も黒い布で覆われていたので、目が慣れるまでは、鼻を摘ままれてもとっさにはわからなかったかもしれない。

「こっち」とColoさんが俺の手をつかんで引っ張り、店の奥へと向かった。

奥には黒い布で隠されるようにしてドアがぽつんとあり、切れ目の入った厚手の生地を掻き分けるように中を覗き込んだかと思うと、Coloさんは「ここ」と言って俺を促すのだった。

流されるようにここまで来てしまったが、なんだかすべてが薄気味悪い。

『困難の正体が映る鏡』

そんなものが本当にあるんだろうか。とは思わなかった。

そんなものを見ていいんだろうか。そう思ったのだった。

俺はColoさんに押し込まれるようにドアの中へ入った。

中はさっきまでよりも暗い。背後では切れ目の入った布が、入り口を塞ぐようにバサバサともとに戻る音がした。

暗くても、部屋が狭いことは直感でわかる。その一番奥に人影が見えた。

ビクビクしながら近づくと、やはりそれは俺だった。

鏡面であることを確認しようとして手を伸ばそうとするが、一瞬頭がくらくらするような感覚がして、それをすることは躊躇われた。

なにか説明しがたい違和感のようなものがあった。

『困難の正体』

それは自分自身だ。

そんなことを悟らせるための店なのだろうかと、ふと思った。

全身が映っている大きな鏡の中の腕時計に目を落とすと、短針は一時のあたりをさしていた。

そのときである。頭の中にくぐもったような耳鳴りが、かすかに響き始めた。

まずい。その音が心臓を早鐘のように乱れさせる。

なにかが起こる。そう思った俺はここから出ようとした。

そして、そのために振り向こうとしたとき、鏡の中の青ざめた自分の顔の端に、なにか黒いものが見えた気がした。

ドキドキしながら振り返るがなにもなかった。暗い部屋が広がっているだけだ。

また鏡に向き直る。

こんどは顔の位置がずれて、顔の後ろに隠れていた黒いものが大きくなっていた。

それが動いた瞬間、叫び声をあげそうになった。

はっきりとわかる。それは人影だった。

鏡の中の二つの人影。

一つは鏡の前に立つ俺。もう一つはその俺の後ろに立つ長い髪の人物。

さっき振り向いたときはいなかった。

そして予感がする。

もう一度振り向いても、誰もいないのではないだろうか。

困難の正体なんか見ていいはずがなかった。

後悔がよぎる。

鏡の中で部屋の入り口付近から、長い髪の人影がこちらのほうへジリジリと近づいてくる。

暗すぎて顔まではわからない。

俺は震えながら掛けていた眼鏡をずらす。

鏡の向こう、自分の姿や背後の壁などとともに、その人影も輪郭からぼやけてしまった。

幻覚ではない。脳が見せる幻なら眼鏡をずらしてもぼやけない。

硬直する俺の背後へ、ぼやけたままの人影が揺れながら近づいてくる。

耳鳴りが強くなる。

そして、この部屋に入り鏡を見た瞬間に感じた違和感が、もう一度強く迫ってくるような気がした。

振り向こうか。振り向いたらたぶんなにもいない。

そして、部屋の入り口へ走って外へ出る。

そうしようか。

心臓をバクバク言わせながらそんなこと思っていたが、けっして目は鏡の中から逸らせないのだった。

そのとき、鏡の中の腕時計がまた目に入った。

短針は依然一時のあたりを指していた。その瞬間、違和感の正体に気がついた。

鏡の中で腕時計をしている手をじっと見つめる。

右側の手に腕時計をしていた。

鏡の中の俺が、右側の手に腕時計をしているのだった。

俺は固まったまま動けなくなる。

俺は普段、当然のことながら左手に腕時計をはめている。

鏡に映るときは、向かって左側の手にはめていないとおかしいではないか。

そしてその鏡の中の短針は、十一時のあたりを指していないとおかしいはずだった。

なんだこれは。なんだこれは。

という言葉が頭の中をぐるぐると回る。

鏡に映る俺の体で、数少ない左右対称ではないものが、すべてある結論を指し示していた。

心臓が、胸の右寄りの位置でドクドクと脈打っている気がした。

こっちが鏡の中だ。

そんなことはあるはずがなかった。

しかし、鏡の向こうの俺こそが、確かに正しい方の手に、正しい時間を指す腕時計をはめているのだった。

 

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そして鏡の向こうの俺の背後に、髪の長い長身の人影が迫って来ていた。

こっちが鏡の中であるというありえない事態に、俺はうろたえる余裕もなく、 こっちが鏡の中であるという前提のもとに、今なにをすべきかを考えた。

混乱する頭を蝿の飛び回るような耳鳴りが掻き乱し、なにをしていいのかわからない。

動けない。振り向けない。

鏡の向こうの俺の背後に切れ長の瞳が見えた瞬間、思わず叫んでいた。

「どうしたらいいですか」

なぜそんなことを言ったのかわからない。外にいるだろうColoさんに助けを求める叫び声としては奇妙だ。

まるで、すべてを知ってる人に問いかけるような……

すると間髪入れずに答えが返ってきた。

「来てよかったでしょう」

鏡の向こうで部屋の入り口の黒い布がガサガサと揺れ、妙に現実感のないColoさんの声が聞こえてきた。

「どうしたらいいですか」

もう一度叫んだ。すぐ背後まで来ている切れ長の瞳の黒目が一瞬膨張した。

「簡単。今すぐこの予知夢から覚めて、鏡占いに行こうという誘いを断る。それだけ」

そんな言葉が直接頭の中に響いた。

揺さぶられて目が覚める。

Coloさんのマンションの一室だった。

みかっちさんが目の前で机につっぷしているColoさんを、続けて起こそうとしている。

俺は覚醒しきれない頭で状況を把握する。

熟考するまでもなく、夢を見ていたらしい。

思わず腕時計を確認する。十二時過ぎ。もちろん左手にはめている。

ひどい夢だった。すべてはColoさんの予知夢だったという設定らしい。

確かにColoさんは異常に勘がするどく、その勘の元になっているのはエドガーケイシーのような予知夢だと、師匠に聞いたことがある。

その話が原因で、こんな変な夢を見たのか。

ばかばかしいではないか。

だって今のは、Coloさんの見る夢ではなく、この俺の夢だったのだから。

「うーん」という声とともに、Coloさんが頭をイヤイヤする。

みかっちさんが無理やりその頭を揺さぶりながら言った。

「おきろー。鏡占いに行くんでしょ」

その言葉を聞いて俺は背筋に冷たいものが走った。

いや、待て。俺が寝ているときに、きっとそんな話になったのだろう。

それが浅い眠りに入っていた俺の夢の表層に現れたにすぎない。

「あー、そうだっけ」

眠そうに頭をあげるColoさんを見て、俺は思わず言った。

「いや、俺もう帰りますし」

みかっちさんは「えー」と言って不満を口にしたが、取り合わなかった。

Coloさんは瞼をこすりながら俺をじっと見ていた。

「なにか」とドキドキしながら言うと、「なんだっけ」と首を捻っている。

「あ、そうだ」

そう言ってColoさんは、みかっちさんに何か耳打ちをした。

するとみかっちさんは、鼻で笑いながらPHSを取り出し、ベランダに出ながらどこかに掛けはじめた。

一、二分の後、みかっちさんはPHSに向かって何事かわめきながらベランダから戻ってきて、慌しくColoさんの部屋を飛び出していった。

呆然とする俺の前で、Coloさんが無表情のまま欠伸をひとつした。

結局その日は家に直帰し、なにごともなく一日が終わった。

後日、Coloさんの彼氏でもあるオカルト道の師匠のもとへ、その出来事の話をしに行った。

気になってたまらなかったからだ。

一通り話を聞き終えると、師匠は唸りながら「巻き込まれたな」と言った。

以前、師匠からColoさんの体質について聞いてことがあったが、そのとき、

「寝ているところをみせてやりたい。怖いぞ」というようなこと言った。

まさに、その『怖い』現象に巻き込まれたのだと言う。

曰く、Coloさんは浅い眠りに入ったときに、予知夢としかいいようがない不思議な夢を見る。

その夢は目が覚めたときは覚えていない。ただ、ときどき日常生活の中で、それを『思い出す』のだそうだ。

それも、まだ起こっていない未来を思い出すのだ。

無理に思い出そうしても思い出せない。どういう基準で思い出せるのかもよくわからない。

しかも、まれにノイズとでもいうべきハズレが存在する。その原因もわからない。

師匠はColoさんと一緒に寝ているとき、そのColoさんの見る予知夢を同時体験してしまったことがあるという。

自分が予知夢の登場人物になって思考し、行動し、その体験が目覚めたあとも、自分の意識にそのまま繋がっていた。

そして、その内容をColoさんは覚えていない。

同じだった。今回の俺の体験と。

『巻き込まれた』とはそういうことなのだ。

師匠が見た夢のことは詳しく教えてくれなかったが、「口にしたくないほど恐ろしかった」そうだ。

「僕以外で、巻き込まれた人ははじめてかもしれない」

師匠は変なことに感心している。

「それにしても面白いな。『困難の正体が映る鏡』を見に行って、いつのまにか自分自身が鏡の中にいたっていうのか」

あれは不思議な感覚だった。予知夢だかなんだか知らないが、そんなことはありえないと思う。

あるいは、たまに外れるという、『ノイズ』にあたる部分なのかも知れない。

「1.鏡の向こうの俺に危険な人影が迫っている
2.こちらがわにはその人影は存在しない
3.今思考している俺は鏡の中の人物である
4.鏡の向こうが本当の世界である」

師匠はボソボソとそう呟いた。

「つまり、『いないはずの人影が鏡の中にだけ映っている』という最初の恐怖は、さっき挙げた君の四つの認識によって、『いるはずの人影が鏡の中に映っていない』と変換されたわけだ。夢の中で自分が鏡の中にいるという自覚が、いったい何を象徴しているのか、フロイト先生なら何か面白い解釈をしてくれるかも知れないが。ともあれ、少なくともここには、ある非常に興味深い暗示が含まれている」

師匠はニヤニヤしながら、「こんな言葉をしっているか」と言って続けた。

吸血鬼は鏡に映らない。

(了)

 

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