ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 凶悪殺人事件

三回ノックの家 r+6,887

更新日:

Sponsord Link

これは、警察官をしている友人から聞いた話だ。

いや、正確には、彼が「聞いた」話ではなく、「関わった」話だと言っていた。
だから、どこまで語っていいのか、いまでも判断に迷う。だが、あの日、彼の顔色があまりにも常軌を逸していたから、記憶から消すことができない。

S区の一家殺害事件。あの忌まわしい未解決事件だ。
ニュースで見たことがある人も多いだろう。白昼堂々、母子ふたりと高齢の祖母が自宅で刺殺され、父親だけが外出していて難を逃れた。
物取りの線も、怨恨の線も、全て捜査されたが、決め手がないまま十年以上が過ぎている。

友人は、その現場前に設けられた警備ポストに、交代制で数ヶ月間、配属されていた。
一軒家の目の前に、常時一台のパトカー。中には、二人の警察官。
そのパトカーに、彼はほとんど毎日、乗っていた。

事件直後こそ、現場保存のため家屋はそのまま残されていたが、ある時期から急に取り壊された。
その理由を、彼は口を濁していた。だが一度、酔ったときにポツリとこぼした。

「あれは……もう、無理だったんだよ」

取り壊された理由は、物理的な腐敗や老朽ではない。
そこにあった「何か」が、警察内で問題になったのだ。
彼いわく、

「信じる信じないとかじゃない。あれは、見た。見るしかなかった。全員が、同時に」

内部に立ち入れるのは、主に捜査官や鑑識だけだったという。
彼自身は中に入ってはいないが、出入りしていた先輩刑事から、何度も「見た」という証言を聞いた。
その中でも、ある鑑識の男性が、血相を変えて署に戻ってきた日のことを、彼は今でもはっきりと覚えているらしい。

現場には、事件当時の血痕がそのまま残されていた。
布団や衣服などは運び出されていたが、床や壁には、赤黒く乾いた血の跡が斑状にこびりついていた。
玄関に足を踏み入れただけで、鉄のような匂いが鼻孔にまとわりつく。
その匂いが、何かを連れてくるのだと、鑑識の男はうわごとのように呟いた。

家の空気には、重さがあった。
ただ黙ってそこに立っているだけで、背後から見つめられているような気配が離れない。
誰もが、自分だけがそう感じているのではなく、他の誰もが同じように感じていることに気づいていた。
その一致が、恐ろしかったという。

警備ポストに着いた初日、上司から言われたことがあるそうだ。

「ノックがあっても、振り向くな」

笑いながら言ったのか、真顔で言ったのかは、思い出せないらしい。
ただその言葉が、笑えない冗談ではなかったことを、彼は数分後に知ることになる。

――コツ、コツ、コツ。

夜八時を回った頃、助手席の窓が三回、叩かれた。
目を向ければそこには誰もいない。ただの暗がり。
だが、窓にはうっすらと曇りが浮かび、内側からのぞきこんだような手の跡があった。
手の平が、小さい。子どものようだった。

次の日も、また次の日も。
時間帯はバラバラだが、ノックの回数はいつも三回。
そのリズムが、機械のように正確であることに、最初のうちは気づかなかった。

三週間が過ぎた頃、深夜三時半。
パトカーの四方向、フロント・リア・左右の窓から、一斉に――

「コツ、コツ、コツ」

……その日以来、彼は眠れなくなったという。

ときどき、反射的にあの家の二階の窓を見てしまうことがあった。
だが、どうしても「見ることができない」と彼は言っていた。
見ようとすると、目の焦点がずれる。窓だけが霞んで見えるのだ。
他の窓は普通に見えるのに、あそこだけは、なぜか、脳が拒否するのだと。

彼の同期で、同じポストにいた者たちのうち、三人はその年のうちに退職した。
理由は語られていない。ひとりは実家に戻り、ひとりは連絡がつかず、ひとりは入院した。

「たぶん、あれは家じゃなかったんだよ」
友人は、そんなことを言っていた。

「ただの四角い建物にしか見えないけど、中身は、別の場所に繋がってたんじゃないかって、ある日ふと思った」

その場所が、いったいどこなのか、彼は言葉にしなかった。
ただ、それ以来、彼は鏡が映る場所で寝ることができなくなった。
家の窓に自分の顔が映りこむ時間帯には、決して近づかない。

それから十年が経ち、件の一軒家はすでに更地となっている。
新築の分譲予定地として、広告も出されているらしい。

彼はもう、その話をしない。
こちらが話題を出しても、まるで最初から存在しなかったかのように黙り込む。

だが、ひとつだけ――
最後に話してくれた、短い言葉がある。

「家が消えても、ノックはやまなかったよ」

それを聞いて以来、私は夜中に窓ガラスの音がすると、息をひそめるようになった。
時計を見て、数を数える。
一回、二回、三回。

それ以上、数えたくないから、耳を塞ぐ。
どこかで、誰かが振り向いてしまわないように。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 凶悪殺人事件
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.