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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

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三年前、一人暮らしをしていた頃の話だ。

仕事を終え、夜九時過ぎに帰宅した。梅雨の時期で、アパートの廊下には湿った空気が溜まり、足音が妙に響いていた。鍵を回し、玄関を開けた瞬間、背後でインターホンが鳴った。

一瞬、自分の部屋のものではない気がした。だが、音は確かにこの部屋のものだった。こんな時間に来客の心当たりはない。宅配にしては遅すぎる。

ドアスコープを覗くと、四十代くらいの女性が立っていた。顔は見えるが、表情が掴めない。照明の位置のせいか、目の部分だけが妙に暗い。

ドアを少しだけ開け、「何でしょうか」と声をかけた。

女性は、私の顔ではなく、私の背後を見ていた。部屋の奥を確かめるように、首を伸ばしながら言った。

「ここって、ス〇ップの木村た〇やさんの家ですか」

一瞬、意味がわからなかった。聞き返す気にもならず、「違います」とだけ答えた。

ドアを閉めようとした瞬間、外側から強い力がかかった。女性の手が、ドアの縁を掴んでいる。

「本当に? 隠してない?」

声の調子が変わっていた。確認ではなく、断定に近い。

「た〇や、いるでしょ」

否定する間もなく、女性はさらに身を乗り出し、部屋の中を覗こうとした。視線が私ではなく、背後の空間をなぞっていることに気づいた瞬間、背中に冷たいものが走った。

「いません。帰ってください」

そう言ってドアを押し返すと、女性は急に大声を上げた。

「触らないで! た〇やー! た〇や、いるでしょ!」

廊下に声が反響する。近隣の部屋の気配はない。誰かが出てくる様子もなかった。

必死にドアを閉め、鍵をかけた。内側から押される感触はなかったが、外で足音が消えたのかどうかは分からなかった。

その夜、眠れなかった。玄関の方から、かすかに衣擦れのような音がした気がして、何度も目を覚ました。朝になっても、ドアの前には何も残っていなかった。

翌日も、同じ時間に帰宅した。

アパートの敷地に入ったところで、違和感に気づいた。入口脇の、通りから死角になる位置に、誰かが立っている。昨日の女性だった。その隣に、見覚えのない少女がいる。

少女は中学生くらいに見えた。制服ではない。こちらに気づいた瞬間、甲高い声を上げた。

「た〇やに会わせて!」

女性が一歩前に出る。その手に、細い刃物のようなものが握られているのが見えた。

「た〇やを出して。出さないと、困るの」

言葉の抑揚が平坦だった。脅しなのか、お願いなのか判別できない。

反射的に部屋へ走った。鍵をかけ、息を殺す。廊下を走る足音は聞こえなかった。

部屋の中で、時間の感覚が歪んだ。何分経ったのか分からない。外が静かすぎた。

ふと、窓の方に視線を向けた。

ガラスの向こうに、二つの顔があった。

女性と少女が、窓に張りついてこちらを見ていた。白目がちの目で、瞬きもせず、私の位置を正確に追っている。

「た〇や、出して」

少女が言った。女性も同じ言葉を、少し遅れて繰り返した。

窓を叩く音がした。強くはない。一定のリズムで、指先だけが当たる音だった。

耐えきれず、警察に電話をかけた。住所と状況を伝えると、「確認に向かう」とだけ言われた。

その後のことは、断片的にしか覚えていない。外で誰かが何かを話していた気がする。インターホンが鳴ったが、ドアを開けた記憶は曖昧だ。

翌朝、管理人に確認すると、「昨夜は何もなかった」と言われた。警察からの連絡も入っていないという。

不安になり、交番に行った。対応した警官は首をかしげた。

「その時間帯、この辺りで通報は受けていません。こちらから出動した記録もないですね」

窓を叩かれたこと、刃物のようなものを見たことを話しても、事件性は確認できないと言われた。

数日後、郵便受けに一通のチラシが入っていた。宛名はなかったが、表に油性ペンでこう書かれていた。

「木村た〇や様」

引っ越しを決めた。

荷物をまとめ、最後に部屋を見回したとき、インターホンが鳴った。反射的にモニターを見たが、誰も映っていない。

それでも、スピーカー越しに声がした。

「やっと見つけた」

今でも、知らない番号から着信がある。出ない。留守電には何も残らない。

だが、画面に表示される名前だけは、毎回同じだ。

――木村。

[出典:2009/05/29(金) 06:14:06 ID:t4aiec1gO]

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