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運命だから rw+6,393-0110

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小学生のときだった。

母が勧誘を受けるようになったのは、梅雨の湿気が家の中まで入り込む午後だった。ピンポンとチャイムが鳴り、玄関に出た母は、赤い傘を持った女に声をかけられた。「心を救うお話、少しだけ聞いていただけませんか」。女は深く頭を下げ、濡れた傘の先から水滴を落としていた。

母は断れない人だった。強い言葉を使うのが苦手で、相手の話を遮ることもできない。女の話を聞きながら、うんうんと何度も頷いていたのを覚えている。その横顔は、なぜか少しずつ曇っていった。

それが始まりだった。

女は三日に一度、必ず来た。曜日も時間もほぼ同じだった。母は「すみません、また今度」と笑って断っていたが、その笑顔は日に日に薄くなった。顔色は悪くなり、頬がこけ、夜になると何も言わずにぼんやり座っていることが増えた。何を話しているのかは覚えていない。ただ、女の顔だけが記憶に残っている。笑っているのに、目が笑っていない、粘つくような顔だった。

父が一度、強く追い返したことがある。「もう来ないでくれ」。その言葉に、女は怒りもせず、静かに微笑んだ。

「だめなのよ。あなたたちは……運命だから」

運命。その言葉の意味は、当時の俺にはわからなかった。

その翌日、母はいなくなった。朝、いつもの時間に起きてこなかった。布団は畳まれていた。靴も鞄もそのままだった。文字通り、姿が消えていた。

警察が来た。近所を回り、聞き込みをしてくれた。俺たちは毎日、同じ質問に答えた。でも、何も見つからなかった。一週間が過ぎても、母は帰らなかった。

その週末、女はまた来た。

「ほらね。言った通りでしょう。信じてくれたら、お母さんは帰ってくるわ」

その時、家にいたのは俺と姉と弟だけだった。父は仕事で不在だった。女は玄関先で、まるで家の中を知っているような口ぶりで話した。「今度はお父さんがいるときに来るから」。そう言って、赤い傘を差し、雨の中に消えた。

姉は震えながら父に電話をした。父はすぐ帰ると言った。でも母は帰ってこなかった。学校は事情を汲んでくれ、警察や担任の先生が何度も家に来た。大人がいる間は、安心できた。

おかしくなり始めたのは、その少しあとだ。

運動会の帰り、久しぶりに家族で笑いながら帰宅した日、玄関の鍵が開いていた。父は泥棒だと思い、声を上げた。だが、家の中に荒らされた様子はなかった。

仏壇だけが、異様だった。

青いガムテープで、ぐるぐると封じられていた。誰がやったのかわからない。開くはずのない扉の隙間から、赤黒いものが滲んでいた。乾いた血のようにも、何かの液体のようにも見えた。

姉が叫び、弟が泣いた。俺たちは一箇所に固まった。誰かがまだ家にいる気がした。

警察は来たが、物は何も盗られていなかった。ただ、不自然に多い足跡と、仏壇の異常だけが残った。

一ヶ月後、母の遺体が見つかった。群馬の山中だった。手を縛られたまま、首を吊っていた。結び目は緩く、自分で解ける程度だったという。

自殺ではない。そう皆が言った。でも理由はわからなかった。母がどこにいたのか、何をされていたのか、何も。

それから家は、静かに壊れていった。

姉はある日、帰宅途中で襲われた。顔が腫れ上がり、声を失っていた。助けてくれた人がいたが、間に合わなかった。姉は気丈に振る舞ったが、夜になると震えていた。

やがて、薬を大量に飲んで倒れた。助かったが、しばらくして、今度は本当に死んだ。

父は会社を辞め、言葉を失った。仏壇の前で座り込み、誰かに話しかけるように口を動かしていた。弟は外に出るのを怖がり、俺は家にいる時間が増えた。

弟が死んだのは、その数ヶ月後だった。車と壁の間で潰されていた。運転していた男は後に自白した。

「金をもらってやった」

金を渡したのは、あの女だったという。一人で宗教を名乗り、一人で勧誘し、一人で憎しみを募らせていた。だが、それだけでは説明がつかなかった。母を閉じ込めていた場所も、仏壇の足跡も。

女は拘留中に死んだ。名前も住所も嘘だった。

父と俺は引っ越した。最後の夜、近所の銭湯に行った。父は少しだけ笑った。

帰り道、サイレンが鳴った。家が燃えていた。放火だった。犯人は見つからなかった。

引っ越し先で、父は幻を見るようになった。母の声、姉の笑い声、弟の足音。俺にも見えていた。でも無視していた。

ある晩、台所から母の声がした。

「醤油切れちゃった」

父と目が合った。次の瞬間、父は俺の首を絞めた。途中で我に返り、泣きながら手を離した。

「ああ……俺は……」

そのまま、父はベランダから落ちた。

今、俺だけが残っている。三十二歳になった。家族は部屋にいる。中学時代のままの姿で、笑っている。

病院にも行った。薬も飲んだ。でも、もういい。

これは俺の記録だ。俺と俺の家族が、確かにこの場所に存在していたという、証明だ。

[出典:1: 名も無き被検体774号+ 投稿日:2012/03/25(日) 16:58:56.64 ID:ywTJEt730]

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