喜一じいちゃんの昔話をします。
家は昔質屋だった、と言ってもじいちゃんが一七歳の頃までだから私は話でしか知らないのだけど結構面白い話を聞けた。
田舎なのもあるけどじいちゃんが小学生の頃は幽霊は勿論、神様とか妖怪やら祟りなど非科学的な物が当たり前に信じられていた時代でそう言った物を質屋に持ち込む人は少なくは無かったそうだ。
どういった基準で値段をつけていたのかは分らないが、じいちゃん曰く
「おやじには霊感があったからそう言う神がかった物は見分ける事ができたんだ」
喜一じいちゃんが小学生の頃の話。
壷や皿、人形に石……蔵は薄暗く物がとにかく多い、子供心をくすぐられおやじに怒られるのを承知で喜一はよく遊んでいた。
中でも喜一が興味をもったのは竹で作られた笛、作りは荒くて誰かの手作りのようだった。
笛何て吹けないのにどんな音が出るのやら?と喜一が吹いてみると
「ぴょろろ~」
と音が出た!
ただ音が出るだけじゃ無く、ちゃんと音楽になっていた!
音を変える穴がある笛では無く、只の竹筒の笛なのに空気を吹込むだけで音楽が鳴り出し聞いた事も無い音が蔵中に響いた。
不思議だなぁと思い笛を覗き込むと竹笛の中には綿が詰められていた……
「綿が詰まっているのに音が出るなんて……??」
不思議に思った喜一は綿を抜いて覗いて見たが、只の竹笛である事に変わりは無かった。
もう一度吹いて見ると、ニョロっと白い物が出て来た!?
よく見ると、うどん程の蛇が出て来たのだ。
蛇は笛から飛び出ると、サササっと逃げて行ってしまった。
何が起ったのかよく解らず、ボーっとしていると蔵の扉が開いた。
扉の向こうには鬼の形相をしたおやじが立っていた……
案の定こっぴどく叱られ、蔵での出来事を話すと
「笛の音がしたからまさかと思ったら……あぁ~これじゃ商品になりゃしねぇ」
と愚痴るとおやじが喜一に笛をポイっと投げ渡した。
「もう一度吹いてみろ」
と言われ、恐る恐る吹くと音が出ない……
何度強く吹いても優しく吹いても空気が吹出る音しかしなかった。
「いいか、お前が逃がしちまった物は大事な神さんだったんだよ!これに懲りたら二度と蔵の物に手ぇ出すな!!」
と怒られたのでした。
しかしこの話を聞いた後も、じいちゃんから蔵の商品の話をいくつも聞いたので、じいちゃんはきっと懲りて無かったんだなぁ……
もう亡くなっちゃったけど、ちん毛を金髪にしたり、味噌汁用の乾燥ワカメをおやつに食べて、ワカメが胃の中で膨らみ、黒いゲロを吐いたり……
愉快な人だった。
夕暮れの壷
おやじは鑑定士の仕事もしていて依頼の品が大きな物の場合はお客の家まで出かけるため、喜一じいちゃんはその間店番をさせられた。
店番と言っても目利きが出来るわけでは無いので売りに来たお客は明日にしてもらい、買いに来た客の相手だけ。
しかし田舎の質屋に客なんてほとんど来ない……
ところが珍しく客が大きな荷物でやって来た。
「まいったこりゃ!売りか、鑑定の客だ」と思い、帰ってもらおうとすると、ふろしきをドンっと置き出て来たのは、りっぱな朱い壷だった。
ボコボコしていて荒々しく、模様かと思えば木々の絵が黒い上薬で描かれていた。
おやじは居ないと言うと太った客は語りだした。
客は趣味で骨董を集めている方で、この壷は無名の作家の作品で価値のある物では無いのだけれど、人によっては全財産を投げ打ってもいいと言い出す人がいれば、ゴミ同然と言う人もいて、どう言った物なのか詳しく知りたい、もし良く無い物ならどうすれば良いか聞きに来たそうだ。
フーンとまったく壷に興味の無い喜一は話を聞きながら壷の模様を目で追っていた。
すると壷から何かが聞こえて来た……
客はペラペラ語りだし止まらない。
「……それでね、私は後者側でこの壷の価値が解らないんだけど、前者の間でかってに呼ばれている名前があってね……」
喜一は
「ヒグラシ!?」
と言うと客はビックリしていた。
「そうなんだ。
ヒグラシと呼ばれているんだ!何で解ったんだい?」
客に聞かれたが喜一にはハッキリと聞こえた、壷をジーっと見つめるとヒグラシの鳴声が聞こえ、まさに夏の夕暮れそのものだった。
「お客さんコレ駄目だよ!!良く無い物だ。人の魂を吸い取る壷だお祓いしなくちゃいけない、危険だからうちで引き取るよ」
喜一は思わず嘘をついてしまった。
喜一もこの壷に魅せられてしまった、何としても手に入れたくなったのだった。
慌てた客は壷を置いて行ってくれた。
喜一は壷を眺めながらとても良い事をしたと思い、あんな価値が解らない奴が持っているよりウチにあった方がよっぽどいい、それにタダでこんないい物を手に入れられたんだからおやじも喜ぶだろう、とほくそ笑んでいた。
ところが帰って来たおやじに喜んで壷の事を説明すると大目玉を食らった。
「バカやろうウチは鑑定屋だぞ、信用が第一なんだそんな事して商品手に入れてたんじゃ誰が買うってんだ!!物の価値を決めるのが商売、客の価値何て誰がつけろって言った!!」
と怒鳴られ、結局壷は持ち主に帰されてしまった。
じいちゃんはもう一度ヒグラシに出会えたなら、全財産投げ打ってもいいと言っていたが戦争になって行方は解らなくなってしまったそうだ。
赤子火鉢
喜一じいちゃんが学校から帰ると店にうす汚い火鉢が置いてあった。
客が売りに置いて行ったのかな?とマジマジ見ていると
「そいつは価値のある物なんださわんじゃねーぞ」
おやじが奥から出て来た。
「えっ!?コレがぁ?」と眉を潜めるとおやじは
「イワク付きなんだよ」と得意げに言うと喜一は慌てて火鉢から離れた。
イワク付きの物はウチは確かに多いが、いったい誰がそんな物を買うのかと聞くと
「世の中変わった物を欲しがる悪趣味金持ちがいっぺぇいるんだよ、そう言った顧客は大事にしねぇとな……」
と笑っていた。
イワクと言うのはこんな話しだった。
早くに事故で夫や家族を亡くした老婆は息子を異常に溺愛していた、そんな家へ嫁が入り嫁姑戦争が始まった、息子も頭を抱えていたが一年もすると姑が病で倒れまた一年後には嫁の看病空しく亡くなってしまった。
悲しみに暮れた息子は母を溺愛していたがため奇行に走り、妻に三食毎日母のお骨を盛ったのだ。
息子はお骨を食べた人が妊娠するとお骨の主が宿ると言う言い伝えを信じていた。
何も知らない妻は子に恵まれ喜び元気な女の子を産んだ。
息子と嫁は大事に育てたが奇病に掛り、日に日に赤子は痩せて萎れて行った。
嫁の看病空しく赤子は一年でまるで小さな老婆の様な姿になり、ある日突然
「この女があたしを殺したんだよ」と声を上げた。
嫁は大声で叫び人殺しと罵る我が子を火鉢へ突っ込んだ。
ところが赤子は嫁の袖をしっかりと掴んで離さず嫁にまで火が回って来たのだ。
嫁は助けてと叫んだが嫁を信じれ無かった夫は家から走り去ってしまった。
気がつけばすべてが燃えてしまった後、残ったのはこの火鉢だけだった。
「毋が大事にしていた火鉢なので形見にと思ったのですが、毎夜毎夜火鉢からあの赤子がひょっこり顔を出すんです私の名を呼びながら……」
と男は言った。
寺では無くウチへ持って来たのは火事の後で少しでも金が入るのだろう、足下を見ておやじは安値で買った。
「でもそんな呪われた火鉢なんか売って、客が呪われちゃったらどーすんだよ」
と喜一が聞くと
「俺だってプロだ何か憑いてりゃ祓って売るさ、客が死んじまったら食ってけねぇからな!それにこの火鉢は呪われてなんかいねーよ見た所タダの火鉢だ。化けて出て来る何て男の後悔と罪悪感が紡いだ幻だろうよ。呪われてるとすりゃぁ……」
それから数日後、新聞に奇声を上げ火事の中へ男が飛込み死亡と言う記事が乗った。
おやじはパラパラと店の帳簿(売買いした客の名前、住所を記した物)を見るとニヤっと笑い
「店番頼む」と言うと、新聞と火鉢を片手に上等な下駄に履き替え出かけて行った。
きっと今日はごちそうだ。
喜一が始めて複雑な気持ちと言う物を味わった話。
見せ物小屋
「よう喜一、でっかくなりやがって」
店にデカイおじさんがいた。外知朗おじさんだ。
おじさんはおやじの悪趣味な友人の一人だ。
「俺の名前はトチロウ、外を歩き沢山の事を知りそして教える者、外知朗だ!」
おじさんの口癖で、こじつけだ。
昔は丑年の次男に外と言う字をつける風習があった。
理由は牛はどっしりして中々小屋から出ようとしない様子から、早く養子に行けと言う意味らしい。
おじさんはたくさんの学校を行ったり来たりしている学者らしい。
行った先で変わった物を見つけたり変な宗教に首を突っ込んだりする変人だったが田舎育ちの喜一にはこの人の話は夢の様な外の世界だった。
その日、見せ物小屋の話をしてくれた喜一の町にも縁日になればよくやって来た、小さなサーカス&マジックだ。
たまたま行った村がちょうど縁日だった、懐かしく思ったトチロウは神社に入り人ゴミの中マジックショーを見ていたところがそのマジックショーにはタネが無かった。
どう考えても物理的にあり得ない事が目の前で起っていたのだ。
空は飛ぶは、小さな箱から五人六人と現れたり。
「周りの田舎者ならとにかく俺の目は誤魔化せねぇぜ!」
と粋がったトチロウは自分のスケジュールをずらしてまで、そこの団員達を見張ったそうだ。
一五人程の団員達は縁日が終わると小さな小屋へと入って行った、周りにはもう人は居なくなっていた。
着替えでもしているのか?と思い待っていると、出て来たのは団長らしき男一人だった。
不思議に思い小屋を覗くが誰もいない……
その間に団長を見失ってしまった。
「くそぅ、たしか次の公演はとなりの県と言っていたな!!」
トチロウは汽車の時間を調べ次の日汽車の中で男を見つける事に成功した。
男の向かいの席に座り眠ったふりをすると暫くして男も眠りだした。
しめた!と思い男の小さな荷物を調べた。
中から小箱が出て来て中を開けると葉巻きのような筒が何本も入っていた。
一本抜き取ろうかと思った時に駅に止まる合図の汽笛が鳴った。
「まずい!!」
男が起きると思い慌てて荷物を戻しまた寝たふりをした。
男が起きると同時にトチロウも今起きたかの様な芝居をした。
男が立ち汽車を降りようとするトチロウも立とうとしたが何故か腰が上がらない!声も出なかった俗に言う金縛りにあった。
男は立ち去る瞬間
「次、後を追えば殺すぞ」と言い、去って行った。
トチロウの金縛りは次の駅まで続き、結局何も解らなかったそうだ。
横で話を聞いていたおやじがぽつりと
「きつねだなぁ」と言った。
「一本盗ってくりゃその管狐、高く買ってやったのによぅ」と笑ったが
「おりゃぁ金が欲しいんじゃねーんだよ!真実がしりてぇんだ!!」
と怒るおじさんにおやじは「だから狐だって」と、ラチのあかない会話が続いた。
泣き人形
店からおやじと客の話声が聞こえて来た。
チラッと覗くと一組の夫婦が見えた友禅の着物、パリッとしたスーツにキッチリ整った鬚、こいつは金持ちだ!と感じた喜一は、チョコでも貰えるのでは!?とすかさず茶を用意し、おやじの後ろからそろりと
「粗茶ですが」と茶を差し出した。
普段、用もないのに店をうろつくなと言われているためこうでもしないと自分の存在をアピール出来なかったのだ。
喜一の腹の中が読めているおやじは眉を寄せて邪険にしたが跡継ぎの勉強だと言えば客受けも良かったためおやじはそれ以上何も言えず居座ることに成功した。
客が売りに来た商品は立派な日本人形だった。
着せ変え人形にされていたのか立派な着物が何着もあり、素人目でも高価な事がわかった。
しかしおやじは「好かんな」と一言。
喜一はピクリと反応した、おやじの(好かん)と言う言葉は(良く無い)と言う意味などが含まれ、駄目だしや説教のさいに使われたからだ。
おやじは人形から何か感じ取ったのか、執拗に人形の出所などを聞いていると観念した客は重い口を開いた。
ある日蔵を整理していると、人形が出て来た、いつの物か分らない人形を蔵のゴミと共に捨てたそうだ。
次の日の朝起きると仏間に人形が置かれ、何とその人形は涙を流していた。
驚いた夫婦は寺に持って行こうとしたが人形がまたぽろぽろと泣き出し嫌がる、燃やす事も捨てる事も出来ないが恐くて家にも置いておけず、途方に暮れここへ来たのだった。
おやじは少し考えたが結局その泣き人形をタダ同前で買い取った。
喜一には商売事はやはり興味はなく、何の収穫も無かった上におやじに店じまいを手伝わされむくれていると、
「明日お祓いに住職んとこ行って来るから店番頼むぞ」とおやじに言われ喜一はさらにげんなりした。
「そんなに良くない物なんか買うなよ」と反論すると
「そんなに悪くも強くも無いんだがな……よく解らんもんを売るのは性じゃねぇ、念には念って事だな」
おやじはそう言うと部屋へと戻り喜一は明日のイワナ釣りを断念し人形を恨めしく思いながらその日は眠りについた。
その日の夜喜一は夢を見た、あの人形が自分に泣いて縋るのだ。
何を言っているのかは分らないが泣きながら何か頼んでいる感じだった。
朝、喜一は夢の事をおやじに話すとおやじも同じ夢を見たそうだおやじは夢で人形と会話したらしい。
「普通はこけしを使うからな金持ちはやる事が違うな、気付かなかった……」
そう言うとおやじは店に入り人形の着物を剥ぎだした。
「見ろ、背中に文字が書かれてるだろう?」
喜一は消えかけている文字を目をこらして読んだ。
長々と前置きの後、亡き子を偲んで……トヨ。
と書かれていた。
喜一の住む辺りでは水子の霊を供養するときこけしが使われた、生まれて来る筈だった子の名前を書いたこけしを一年仏壇に置き(その間子を作ってはいけない)その後お祓いをして燃やすのだ。
そのこけしを御悔やみこけし、供養こけし、亡きこけしなどと呼ばれていた。
そう、あの人形は泣き人形ではなく、亡き人形だったのだ。
おやじの話では人形には母親の念が憑いていた。
子供を流産した上にもう産めない体になってしまった女は亡き人形を燃やさず、ずっとわが子の様に可愛がっていたのだ。
その残留思念が人形に残り、燃やされる事を嫌がったのだった。
「寺にもって行かれると燃やされると思ったんだろう……昨日の晩、燃やしたり捨てたりしない事を約束に寺でお祓いを受けると言ったから もうこの人形が泣く事は無いだろう」
おやじはそう言うと人形を持って寺へと出かけて行った。
その後人形はすぐに買い手がついた。
おやじは趣味の悪い金持ちに人形を燃やしたり捨てたりしない事を約束させて高値で売り、亡き人形は喜一の前から姿を消したのでした。
銀時計
日清・日露と勝戦続きで景気が良く日本では輸入品を扱う変な商売人が増え出した頃。
「……っとまぁそんなわけでこの中国から渡って来たカッパの手、煎じて飲めばどんな奇病も治すと言われ……」
うさん臭い輸入商人が機関銃の様にしゃべっているのを
「ファ~」
っとでかいあくびでおやじが断ち切った。
「わり~が、孫の手なら間に合ってるんだほか当たっとくれ」
ピシャリと言うとデブ商人は慌てて鞄から色々な物を取り出しあれやコレやとほかの物を勧めて来た。
ウンザリと言った顔をしていたおやじが急に目の色を変えた。
「おい、あんたその時計それなら買うぞ!」
おやじが興味を示したのは鞄の中では無く商人が腰に下げていた外来物の時計。
壊れてはいたが立派な細工から高価な事は喜一にも分った。
輸入商人は眉を潜めたがさすがは商売屋、おやじは渋る相手から3割値切り、処分に困っていたガラクタまで押し付けたのだった。
おやじは上機嫌だったが壊れて動かない時計の何がいいのか解らず
「カッパの手は何で買わなかったんだよ、本当に水掻があったのに」と漏らすと
「あんなもん清のガキの手 切り干して細工した紛い物に決まってるだろうが」
と言い切られてしまった。
翌朝、食卓でおやじが「好かん」と言った。家族全員固まった。
おやじの「好かん」は「良く無い」と言う意味で機嫌が悪いときにも使われた言葉だったからだ。
おやじは朝食に箸もつけず家を出て言った。
朝食はおやじの好物、喜一はここ三日は得に叱られる事はしていなかった、何より昨日はあんなに上機嫌だったのに……家族皆首を傾げた。
店番をしているとおやじが夕暮れに帰って来た、どこに行っていたのか聞くとおやじはため息をついた。
「信じられねぇとは思うが俺は今日を四回繰り替えしてる。寝て起きたらまた今日なんだ……」
喜一は驚かなかった、それより始めて見たおやじの参った顔に驚いた。
おやじはあの日時計の中を開けた、そこにはわざと歯車が動かない様にネジが詰められていた。
おやじはそれがどう言った物なのか何てとっくに気付いていた、気付いていたがネジを抜き取ってしまった……時計は動いた そしておやじの時間が止まってしまった。
「あぁ~わかってたんだよなー憑いてるって……何でかな~……いけると思ったがまさかこう来るとは」
自分の好奇心と最近天狗になっていた事を悔やんで愚痴った。
ベットに横たわる女性とその横で時計を作る男の姿がおやじには見えていた、そして
「共に時を刻もう、それが叶わぬならいっそ時が止まってしまえばいいのに」
そんな願いも聞こえていた。
顔を上げ頭をボリボリ掻くと
「俺の負けだ……しかたない……」
そう言っておやじは納屋から金槌を持って来た、喜一が声を上げるより早く槌は振り落とされ時計は簡単に砕かれた。
「何で!?あんなに気にいってたのに」
喜一がおやじの顔を見上げると
「いいんだよ、最悪こうしてくれってさ……」
覇気の無い顔と声でそう呟くと床間にたどり着く前に茶の間でおやじは倒れる様に寝てしまった。
喜一は知らない、霊が時計にとり憑いている理由やおやじが霊とどんな勝負や約束をしたのか、聞いても
「ガキが聞く話じゃねぇ」とあしらわれた。
でも知っていた、おやじが筋の通った男だと言う事は、物にも人にも人じゃない者にも。
だからきっとおやじの四日間は、時計の為に霊の為に走り回っていたんだろうと喜一は感じていた。
「っと、なんだよ、店まかっせっきりにしといてガキ扱いかよ……」
そうふて腐れ床についたが、翌日喜一は始めて自分から蔵掃除の手伝いをしたそうだ。
電話機
喜一じいちゃんの時代は電話が無かった、無かったと言っても一般家庭での話しでお役所や大手の企業等は所有していた。
喜一だって何度か市役所で見たことがあったがそれでも少年にとっては未知の世界の機械、ある日そんな特別な電話機を蔵で発見したのだそれはもう喜一にとっては大事だった。
蔵を飛び出しドタドタと縁側を駆け抜け店へと走る。
「何で何で!!電話機が蔵に!蔵に!?」
大興奮の喜一の言葉は片言だったが親父には充分だった。
「おめぇまた勝手に蔵に入りやがったな……」
じろりと喜一を睨んだが今の喜一には全く効果は無かった。
「なぁなぁあれしゃべれるんだろ?隣町のじっちゃんとも話せるのかな?」
目をキラキラさせながら話す喜一をしり目に親父は足の爪を切りながら
「あほう、家に電話線何てあるか、それに電話機ちゅーのは向こう側にも電話機がねぇと話せねーんだよ」
親父の冷めた口調に喜一の興奮もあっという間に冷めてしまった。
「この辺で電話機がある所っちゃぁ市役所、軍の事務所、隣町の呉服屋ぐれーだろ、どっちにせよお前みたいなガキには縁の無い物だな」
ガキ扱いされた上に、じゃまだと店を追い出されすっかり喜一は機嫌をそこねた。
電話機はもう買い手が決まっているらしく家の蔵にいるのはほんの数週間、電話機自体壊れていたがみえっぱりな金持ちの壁のオブジェになるそうだった。
(当時の電話は壁に掛る大きな物だった)それでも喜一は親父の目を盗んで電話機の受話器を取って話しをしていた、と言ってもただの独り言だ。
「……それで親父はカンカンだし、かーちゃんは大泣きするしで……」
「フフ……」
喜一の話に誰かが笑った。
「え?」
喜一は周りを見渡したが誰かがいるはずも無い、と言うことは電話の向こうだ。
「も……もしもーし、どなたですか?」
喜一がおそるおそる訪ねると
「……申し申し?」
返答があった。
親父のヤツ俺を電話機に近づけまいとして壊れてる何て嘘を付いたんだな、そう思った喜一は嬉しくて嬉しくて電話の向こうに話しかけた。
「こ……こんにちは」
暫くすると
「こんにちは……声を出すつもりは無かったんだが君の話が面白くてね、盗み聞きになってしまったなすまない」
相手はとても紳士な感じがした。
「そんなこと気にしなくていいよ、それよりさそっちは何県なの?」
喜一は電話の向こうが気になって仕方がなかった。
「そうだな……とても遠い遠い所だよ君の知らない所だ」
彼の答えに喜一は
「外国!?遠いって蘭よりも遠いのか?」
そう聞くと彼は笑いながら
「そうだねきっと蘭よりも遠いだろう」
と答えてくれた。
それから喜一は毎晩親父が寝静まった後蔵で電話をした、電話の話相手は喜一が受話器を取って
「もしもし」
と言うと必ず
「申し申し」
と答えてくれた。
彼の話はとても面白くリアルだった。
ある日「おじさんはどんな仕事をしてるの?」
と喜一が聞くと彼は少し困った様に
「うーんそうだな前は人を幸せにする仕事をしていたんだ」
曖昧な答えに
「幸せって?」
と聞き返した。
「まぁいろいろあるけどたとえばお金とかが良く入るようにしていたよ」
それを聞いて喜一はかってに銀行関係の人だと思った。
「ふーん、じゃあ今は?」
今度の質問には少し彼の声のトーンが下がった。
「前の仕事は任期が終わってしまってね今は逆の仕事をしているんだ……でもまた暫くすれば幸せにする方の仕事に戻れるんだけどね」
喜一は考えた。
お金を与える仕事と逆って事は奪うんだな……きっとヤクザの取立屋だ!銀行員になったり取立屋になったりそれは大変そうだと思った喜一は彼をねぎらったのだった。
そんな楽しい電話生活もあっという間に過ぎとうとう明日電話機の受渡と言う日になった。
「申し申し……今日は何だか元気が無いね、どうしたんだい?」
心配されてしまった喜一はここが質屋で電話出来るのが今日で最後だと言うことを彼に話し、寂しがった。
「そうか……それは寂しいね、でもよかった実は私もそろそろ自分の仕事を抑えるのが限界だったんだよ、君に迷惑がかからなくて良かった」
喜一には彼の言っていることが良く解らなかったが彼も寂しがってくれている事が解ったので少し嬉しかった。
「最後に聞きたいのだが、この電話機の持ち主になる家はお金持ちかい?」
彼が不思議なことを訪ねた、「?、うんお金持ちだよ、でも嫌なヤツだって親父が言ってたから明日からは電話しない方がいいかもね」
喜一がそう教えてあげると
「ハハハ……そうかそれならよかった……また会えるといいね」
彼の言葉に喜一は
「まだ会ってないよ、いつか会えるといいねだろ?」
そう訂正し最後の電話を切った。
翌日、店に電話機の主人になる人が来た親父の横で電話機を見送ると
「お前ずいぶんと電話機と親しくなったみてぇだな」
喜一は心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
「なっ、な、何のこと」
シラを切ろうとしたが親父にはお見通しだった様だ。
「お前があの貧乏神と仲良くやってくれたおかげで受渡まで家に災難は無かったし、むしろ売上上々だったしな」
さらに喜一は驚いた。
「貧乏神!?あの電話が?電話の相手は?」
「おめぇ繋がらない電話に人間が出るわけねぇだろ」
喜一には電話線という物がよく分かっていなかったのだ。
「ねぇ貧乏神なんか憑いてる物売っちゃっていいの!?」
喜一がハッと気づいて問うと
「いくら何でも神さんを祓うわけにいくめぇ、それにあそこの親父は昔から嫌なヤツだからな少し痛い目に遭えばいいさ、金に困ればまた家に売りに来るだろう、その頃には福の神に変わってねぇかなぁ」
クククと喉を鳴らした親父は大きなあくびをして茶の間へと姿を消した。
喜一はあの電話の会話をいろいろ回想していると思い出した様に茶の間から顔を出した親父が
「今回は特別に泳がせてやったが、調子に乗ってまた蔵に入るんじゃねーぞ、次勝手に入ってみやがれ裏の木に吊すからな」
そう言うとキッと喜一を一睨みすると喜一はブルっと身を強張らせた。
親父の恐ろしさを改めて思い知らされた今の喜一には充分効果があった。
それからあの電話機がどうなったかは解らない、じいちゃんは初めて電話線が繋がっている電話をとるとき
「申し申し」と、また聞こえないだろうかと期待したもんだと語っていた。
人魚職人
「おぉーい喜一」
釣りから帰ったばかりの喜一を店から誰かが呼んだ。
この声の主は
「トチロウおじさん!?」
親父の友人の変人学者だ。
「面白いもん見せてやるよ」
シシシと笑いながらおじさんは木箱から何かを取り出した、中から出てきた物に
「人魚!?」
喜一は大きな声を上げて驚いた、それは大根ほどの大きさで頭は人型、下半身は魚の人魚のミイラだった。
「なーすげーだろ?港町で異人をたまたま助けた礼に貰ったんだ」
何故こんな物を感謝の気持ちにしたのだ?と普通は思うが喜一には大方トチロウがこれを欲しがったのだろうと推測できた。
話しがトチロウの武勇伝に変わろうとすると
「で、この紛い物を俺にどーしろって言うんだ」
帳簿を書きながらまるでおじさんの話しにも人魚にも興味がない様に親父が言った。
「えっこれ偽物なの?」
喜一が目を開いて親父を見る
「あたりめぇだろ猿と鯉を繋げた物だ。
干物にすれば繋ぎもめだたんからな異人にはこう言った物が売れるんだ」
親父の言葉を確かめる様にトチロウの顔を見上げるとトチロウは肩をすくめて
「残念ながら偽物だ。だけどこういう精巧な作り物は俺は芸術だと思うんだよ」
とそう言ったが、芸術に興味のない喜一には残念でしかたがなかった。
トチロウは人魚を実家に持って帰ったが気味悪がられ根無し草なトチロウは置き場所に困り結局家へ持ってきたのだった。
「頼むよ、預かっててくれ、気に入ってるから売りたくは無いんだ」
懇願するトチロウに親父は少し考え、人魚を手に鑑定をするかのようにまじまじと見だした。
「……おっおい売らないからな」
心配そうにトチロウが言うと親父は変わった条件を出してきた。
「この人魚の職人を調べて見ろよお前好みな事が解るかもしれんぞ、俺も少し興味があるからな、何か解れば話しを聞かせろよ、それが条件だ」
こんな素っ頓狂な取引にトチロウはまじめに腕を組んで考えた。
「最近は暇だしな……俺好み……」
悩むトチロウをよそに親父は人魚を片づけ出す。
「解ったいいだろう、しかし全く何にも無かったら蔵の商品を一つ貰うからな」
そう言い捨てるとトチロウは親父の返事も聞かず店を飛び出して行った。
親父の口から
「好かん」と言う言葉は出なかったが、親父がこんな事を言うときはかならず何かあると知っていた喜一はトチロウを心配した。
トチロウは港を歩き回り数日後、何とか人魚職人を捜し出した。
雨が降っていても宿も取らずに傘もささずに聞いた住所の家へと直ぐさま足を運ばせた。
が家主は留守、不用心にも鍵がかかっていないのをいい事にトチロウは早速家の中を調べだした、もし見つかりでもしたら大事だと言うのにトチロウの余裕っぷりは場数を物語っていた。
家には細工に使う道具、猿の干物やら薄気味の悪い物が山ほど出てきたがトチロウ好みの謎は見あたらなかった。
それもそのはず、探している本人が何を探せば良いのか解らないのだ。
「ふー」と一息つこうとしたときだった。
「て……ててめぇ何もんだ」
後ろから太い男の声、振り向くとトチロウに庖丁を突きつける男が立っていた。
「少し見ていたが物取りじゃ無さそうだが……せせせ政府の人間か?」
男はトチロウを前に落ち着かない様子。
「おいおい俺が政府のお偉いさんに見えるか?それにたかが人魚の偽物ごときで訴える人間もいねぇだろぅ?」
トチロウはまるで刃物が見えていないかの様にへらへらと笑うと男はトチロウの姿がそんなにひどい物だったのか上から下まで見定めると
「見たところ丸腰だな」
そう言って庖丁を下ろした。
「じゃあ一体人の家のカギを壊してまでの用ったぁ何だ?」
「鍵?鍵は知らねぇが……ええっと無病息災に効く人魚様を買いに来たのよ」
トチロウの適当な答えに
「ウチは出荷はしてるが売りはやってねぇ、周り近所にも人魚細工の事は言ってない。
お前何処かの港町の商人からここを聞いて来たんだろう?何故そこで人魚を買わずこんな町はずれまで来た?第一お前が家を詮索している間から人魚は足下に転がっていただろう?」
また怪しまれ、刃物を前に出された、殺すつもりならとっくに刺していると解っていたトチロウにとって刃物は効果が無かったが、ここに来た理由をどう言えば信じてもらえるのかを首をひねらせて考えていた。
この状況で余裕さえ感じるトチロウの物腰に男の方が内心怯みかけていると
「えーっとあれだ。こんな安っぽいのじゃなくて御利益があるいいヤツが欲しかったんだよ」
また適当に答えたのだが意外と確信を付いたのか男がピクリと反応した。
トチロウはそれを見逃さなかった。
「あるんだろう?とっておきのが?」
相手の顔色を伺いながら話しを作って行った。
「聞いたんだよ御利益がある特別な人魚の話しを……」
男はトチロウの話しを聞き終える前に庖丁をトチロウに振りかざしたかと思えばそのままトチロウの後ろへ行き沢山の人魚細工の中から一匹掴むとそのまま抱えて窓から逃げ出したのだ。
一瞬何が起こったのか解らなかったが慌ててトチロウは後を追った。
雨の中どれだけ走ったろうか、男がドロに滑り派手に転んだ。
すかさず取り押さえようと男の腕を掴んだとき水溜まりに転げ落ちた人魚細工が跳ねたのだ。
まるで喜んでいるかの様に水溜まりの中へ潜って行ったのだ。
トチロウは自分の目を疑ったが直ぐさま横たわる男を飛び越え泥水の中を手探りで探していると
「わぁぁぁ」
後ろで男の叫び声がした、振り向くと誰もいない……さっきまで男が転がっていたのにどこにもいない、周りはただっ広い畑で隠れようがないのだ。
人魚細工も男も消え、土砂降りの中トチロウただ一人がぽつんと立っていた。
手がかりを無くし、聞き込みも虚しく途方に暮れトチロウは帰って来た。
トチロウの話しをあらかた聞くと
「ふーんなるほどな、そいつが俺を呼んでいたのかもなぁ」
のんきにキセルをくわえながらそう言う親父に
「おい、本物の人魚なのか?どーなんだ?」
とトチロウは親父に言い寄った。
「どうと言われてもな、俺はお前の細工物から禍々しい移り香を感じただけだからなぁ、本物だったんじゃねぇのか……」
適当な親父の答えに不満なのかトチロウはブツブツと考え込んでしまった、親父の中では何か納得出来たのかすでにこの話にはもう興味がない様に
「木を隠すなら森の中……人魚を隠すなら……」
と一言言うと腰を上げ仕事に戻ってしまった。
「だけどそれじゃあ逆効果じゃねぇのか!?」
親父を追う様に席を立ちあーでも無いこーでも無いと、いつもの二人の会話が延々と続いたのだった。
骨董男
その日の喜一は店番をしていた。
喜一がレジ台に顎を乗せて晴天の空を恨めしそうに見上げていたとき
「もし、坊やここの主はどこかね?」
喜一はビクっと体を大きくはねらせた全く人の気配が無かったのに急に太った男が店の前に現れたのだ。
「えっと親父は骨董市に出かけてて夜まで戻らないよ」
喜一の言葉に男は急に挙動不振になった、「どうしよう……どうしようか?……いやしかし……」
男は何やらぶつくさ言い出した、男はもう水無月になると言うのに大きな虫食いだらけのコートを羽織り、帽子を深くかぶっていた。
男の成りを見て喜一はこいつは金に困ってガラクタを押し売りに来たタイプだな、動きがせわしないのはきっと取立にでも追われているのだろうと喜一は考えた。
男の独り言はまるで相談の様。
「どうする?しかし時間が無いぞ、この子に任せてはどうだろう?、でもこんなガキに全てを任せるのは……」
喜一は男の態度にイライラし
「おじさん冷やかしなら帰ってくれよ、今は買い取り出来ないからさ」
喜一がきつく言うと男はガラクタがあふれ出るパンパンのカバンを悲しげに見つめて無言で出て行った。
その日の夕方
「おいキー坊」
店に駐在さんがやってきた。
「なななな何俺何にもしてないよ」
身に覚えは無いが喜一は体を強張らせた。
「はは、お前に用はねぇよ親父さんいるかい?」
今日の親父は人気物だ。
「夜まで戻らないけど親父がどーしたの?」
喜一の声に
「そうか、困ったな、たぶんお前さんちの落とし物だと思って持ってきたんだけどよ確認の使用がねぇな」
髭をさすりながら駐在さんが荷車で運ばせた物は昼にきた客の持ち物だった。
持ち物だけじゃない服、靴、帽子全てだった。
「こんな骨董品扱ってるの何てお前さん家ぐらいだろう?でも落とし物としては不自然でなカバンの中だけじゃなく服の中にまでパンパンに骨董品が詰まっててよ、帽子の中にまでだぜ?」
喜一はごくりとつばを飲んだ。
何かが起こった、もしくは起こっていると感じたからだ。
駐在さんには見覚えがあると言い荷物を店で預かり一つ一つを広げてみた。
乱雑にガラクタが詰まっていた鞄の中から一つだけ立派な桐の箱が出て来た。
「へその緒か?」
喜一は箱の中が気になったが恐ろしさもあったため箱は開けず親父の帰りを待つ事にした。
夜になり親父が帰って来た。
喜一は店から居間に入り玄関の親父の元へと走った。
「親父!ちょっと来て!」
喜一の声にほろ酔いだった親父の目つきが変わる。
店に入りガラクタの山を見るなり
「そうか、そうだったか……喜一、俺宛の郵便持って来い」
喜一が何を言うわけでもなく親父には何か解ったのか喜一に命令した。
親父はここ三日他県の骨董市(一種の寄合)に顔を出していたため2日分の郵便物が貯まっていた。
親父は一つのハガキを見つけるとため息をつき
「すまなかったなぁ……」とガラクタに向かってぽつりと言った。
親父は数ヶ月程前旧友の家に招かれた、古い納屋を近々取り壊すため中の骨董品を鑑定して欲しいと言われたのだ。
高値で売れれば骨董品を頭金に納屋を新調しようとしていたのだがどれも商品になる様な物は無く旧友は納屋の新調を先延ばしにする事にした。
ガラクタばかりだったが親父は何かを感じたのか納屋を取り壊すさい骨董品を引き取らせて欲しいと言い旧友も快く承諾した。
ハガキは「言い忘れていたが取り壊しを二日後行う」という内容の物。
あのガラクタ達は納屋ごと捨てられるのを恐れ親父の約束を信じここまでやってきたのだ。
小さな小さな力を集めぎゅうぎゅうになってここまで来たが親父は留守、そして道ばたで力つきたのだった。
「これは?」
親父が桐の箱に気付いた。
「こんな物あいつの家で見なかったが……」
親父が桐の箱を開けた。
「こいつは……凄いな……」
中には綺麗な石が入っていた何かの宝石の様だ。
自分達がお金にならない事を分っていたのか、喜一にはそれが引き取り金に見えた。
「はは……律儀なもんだな」
そう言うと親父は一つ一つを磨きだした。
ガラクタの中には何に使うのか分らないような古い道具まであった、修理された後があり大切に使われていた事がわかる。
喜一は後悔した昼間の事を、ガラクタを丁寧に磨く親父の背中を見て喜一は物も人にも大切に接すればいつか自分にもこんな素敵な奇跡が起るだろうか?そんな事を思いながら親父と一緒に遅くまでガラクタ達を磨いたのだった。
修理中のラジオ
「喜一、ちょっくら出てくる店頼むぞ」
親父は喜一の返事も聞かずにさっさと出かけて行き喜一は否応無しに店へとかり出された。
大きなあくびをしながら店へと出ると思わずあくびが止まる。
「彼」がいたのだ。
喜一に気づき
「やぁ……こんにちは」
と彼の方から挨拶してきた痩せた優しそうなおじさんだ。
喜一も軽く挨拶をすると彼はまた骨董を眺め出した特別する事も話す事も無い喜一は、ボケっ、と人間観察をしていると、喜一の視線に気づいたのか彼の方から話しかけてきた。
「ここはいいね、いい骨董屋だ。品もキレイに監理されている」
そう言われると骨董屋と言う職に誇りなんて持ってはいなかったが悪い気はしない。
喜一は気恥ずかしくも礼を言うと何だか彼と親しくなれた気がした。
そんな彼がいつからか
「あれは何だろう……?」と店の外を指さす様になった。
「あれ?」
店の外はただの寂れた商店街通り、この時間は人も歩いていないのに彼は何に反応したのだろう?
首をひねらすと彼は
「いや、いいんだ田舎町は初めてだからかな、すぐ何でも珍しがってしまうんだ」
と言うだけだった。
喜一もその時は気にもしなかったが
「また、あれが来ているね」
「あれは、ずっとあの形なのかな?」
「あれはどうして少しづつ近づくのだろう」
などと彼の発言は日に日に喜一の好奇心をふくらませて行った。
喜一が
「どこどこ?」と店を飛び出すたびにアレは消えてしまうらしく、喜一は一度も目にする事は出来なかった。
彼を見る様になって1ヶ月ほど経とうとする頃久々に店番をしていた喜一の前に彼が現れた。
所が様子が変だ。
番台にいる喜一の前に立ち下を向いたまま動かない……
何事か?と思った喜一も緊迫した空気に飲まれ動けずにいると、ゆっくり顔を上げた彼が
「ねぇ……あれが見えるかい?」
喜一の顔をじっと見て冷や汗をかき必死な顔で言うのだ、いつもの様に外を指さすわけではなく。
その瞬間喜一は急に恐ろしくなった、アレが解らないし見えない喜一は正直に頭を横に振ると、逃げるように去って行った彼はその日を最後に謎を残したまま現れなくなった。
それから数日後。
はたきがけを手伝わされた喜一は、あのラジオの埃を取り払うとふと彼を思いだし店の外を眺めた。
外は何でもない商店街の風景……
小さな子どもが縄跳びをしている……
「アレは何だったんだろう……」
独り言の様にぽつりと言うと親父が帳簿に視線を落としたまま答えた。
「あぁ……迎えか?」
親父はアレを知っていた。
「迎え?何の?」
驚いた喜一を見て今度は親父が驚いた顔をした。
「四十九日だよ……おめぇあいつが人間に見えたのか?」
そう言うと親父はラジオの前に立ち
「迎えが来て助かった、あのまま憑き物にでもなられたら祓い代もバカにならんからな」
と言うとラジオに貼ってあった修理中の紙をビッと剥がしクシャクシャと丸めて捨ててしまった。
修理中のラジオの修理の意味と、客では無かった彼と四十九日かけて迎えに来るアレの正体がようやくわかった喜一はふと思う。
あのとき自分は何に恐ろしくなったのだろう……と。
810 :本当にあった怖い名無し :2008/12/06(土) 17:15:14 ID:o5rrNflS0
(了)