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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

場所がわからなくなっただけ ncw+

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二年ほど前、私は地方の学校に通っていて、敷地内にある古い女子寮で暮らしていた。

鉄筋造りではあったが、築年数はそれなりで、夜になると配管が鳴き、壁の奥を水が流れる音が時間差で響いた。人の気配が消えた後ほど、建物そのものが生き物のように音を立てる寮だった。

一階の突き当たりに、共用のシャワー室があった。浴槽はなく、カーテンで仕切られた個室が二つ並んでいるだけの簡素な造りだ。廊下側から見て手前と奥。問題があると感じられていたのは、いつも奥のほうだった。

昼間は何もない。蛍光灯は白く、床は乾いていて、ただの古いシャワー室に見える。だが夜、特に消灯後になると、あそこだけ空気が変わった。

廊下を歩くだけで背中の産毛が逆立つ。誰かに見られているという感覚ではない。もっと曖昧で、逃げ場のない感じだ。どこに立っても、すでに視界の中に含まれているような、そんな圧迫感。

湿気のせいで鏡はすぐに曇るのに、その曇りの向こう側から、視線だけが浮かび上がってくる錯覚があった。音はしない。ただ、気配だけがぬるくまとわりつく。

奥のシャワーは、いつの間にか誰も使わなくなった。理由を説明できないから、みんな「なんとなく嫌」と言うだけだった。私も自然と、手前を使うようになっていた。

それでも奥の個室の前を通るたび、呼吸が浅くなる。心臓が早まるというより、一定のリズムを忘れる。息を吸ったかどうか、自分でも分からなくなる感覚だった。

ある日、仲の良かった子にそれとなく聞いてみた。「奥のシャワー、どう思う?」彼女は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を床に落とした。

「……近づかないほうがいいと思う」

理由を聞いても、首を振るだけだった。何かを見たとか、感じたとか、そういう話にはならなかった。その曖昧さが、かえって現実味を帯びていた。

その頃の寮は、全体としてはにぎやかだった。夜中にこっそり集まってお菓子を食べ、騒いで見回りに叱られ、全員で反省文を書く。閉塞感よりも、若さの熱のほうが勝っていた。

だからこそ、あの場所だけが浮いていた。笑い声の通り道から、意図的に外されているように見えた。

その夜、私はふと目を覚ました。理由は覚えていない。ただ、膀胱の重みだけがはっきりしていた。

廊下は真っ暗で、非常灯の緑が床に薄く滲んでいる。時計は見なかったが、深夜だったと思う。眠気に押されるようにトイレを済ませ、ドアを開けて廊下に出た、その瞬間だった。

風はない。窓も閉まっている。それなのに背後で「バターン!」と音がした。トイレのドアが、叩きつけられるように閉まったのだ。

肩が跳ね、反射的に振り返った。誰もいない。廊下は、さっきと同じ静けさだった。

その時、身体の内側で何かが鳴った。警報のような、説明できない合図だった。

やばい。

そう思った瞬間、足が動き出していた。部屋に戻ろうと、早足になる。

背中に、気配が貼りついた。振り返っていないのに、見えている感覚だけがある。黒い。輪郭のない、濡れた影。

そこで唐突に理解した。「あ、奥のシャワーの前にあった感じだ」

根拠はない。ただ、同じ質感だった。音もなく、歩幅ではなく、存在の密度そのものが近づいてくる感覚。

心臓が喉にせり上がり、呼吸が熱を帯びる。全力で走った。部屋に飛び込み、鍵を閉め、布団に潜り込む。その一連の動作が、異様に遅く感じられた。

扉の向こうで、何かがうろついている気配がした。入ってこられない。それだけが、かろうじて分かる事実だった。

しばらくして、気配は薄れた。全身の力が抜け、安堵した、その時だった。

カーテンの隙間から、視線を感じた。

窓の外。高さは、人の顔の位置。

息を殺し、頭から布団をかぶる。布の内側は、じっとりと汗で湿っていた。そのまま朝になった。

翌朝、何事もなかったように日常が戻った。食堂で朝食を取りながら、あの子に昨夜のことを話した。

彼女は少し考え込んでから言った。「今朝、シャワー室の前を通ったけど……いつもと同じだった」

それが何を意味するのか、その時は分からなかった。

それ以来、奥のシャワーを避ける理由は、言葉にされなくなった。ただ、誰も積極的には使わなかった。使ったとしても、出てきた後に、妙に落ち着かない顔をしていた。

私自身も変わった。シャワーの個室に入ると、手前でも奥でも、同じ感覚がするようになった。どこに立っても、背中側に空間が残らない。

共同浴場やシャワー室で、洗い終えたあと、必ず一度、振り返ってしまう。誰もいないと分かっていても、確認せずにはいられない。

今でも時々思う。

あの夜、追いかけてきたものは、本当に廊下にいたのだろうか。

トイレを出る前、私は鏡を見ている。寝ぼけた顔。濡れた前髪。そして、うっすら曇った鏡。

あの時、最初に視線を向けていたのは、どちらだったのか。

奥のシャワーは、空いたのではない。なくなったわけでもない。

場所が分からなくなっただけだ。

そして、それは今も、私が立つ位置を探している。

(了)

[出典:86 :本当にあった怖い名無し:2019/02/11(月) 12:18:38.99 ID:/U9E27nv0.net]

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