七月半ばの湿度は、皮膚にまとわりつく透明な粘膜のようだった。
標高八百メートルとはいえ、埼玉の山間部は夜になっても熱気が引かない。風が止むと、木々の呼吸がそのまま生温かい溜息となって谷底へ沈殿していく。そんな夜だった。
私は当時、大学のサークル活動の一環で、地域の少年団のような組織が主催するキャンプの手伝いに駆り出されていた。参加者は小学四年生から中学三年生までの子供が五十人。それを引率・運営する大学生や社会人のボランティアが二十人。
「ボーイスカウトのようなもの」と説明されたが、実際はもっと土着的な、地元の子供会と消防団の下部組織が癒着したような、古臭い規律と馴れ合いが混在する集団だった。
二泊三日の行程の中日、最後の夜に行われるのが恒例の「肝試し」である。
大人は子供たちの情操教育などと尤もらしい理屈を並べていたが、要は最終日の飯盒炊爨に向けて子供を疲弊させ、早く寝かしつけるための儀式に過ぎない。
「いいか、絶対にやりすぎるなよ。泣かせるのが目的じゃない。あくまで『夜の森』という非日常を感じさせる、その演出だ」
リーダー格の社会人男性が、懐中電灯の光を顎の下から当てて冗談めかして言った。その顔には、子供を脅かすことを楽しみにしている嗜虐的な色が隠せていない。
私たちは五つの班に分けられた子供たち──各班十名に引率の大人二名──を、時間差で森の遊歩道へ送り出す手筈になっていた。
ルートは単純だ。
キャンプサイトを出て、鬱蒼とした杉林の中を走る未舗装の作業道を五百メートルほど進む。そこから「Y字路」が現れるので、そこを左に折れれば、外灯のある国道へ出る。国道に出ればゴールはすぐそこだ。
右へ行けば、手入れのされていない本当の獣道へ迷い込むことになるが、そこにはロープを張り、絶対に立ち入らせないようにしてある。
私に割り当てられた役割は、Y字路の手前百メートル地点にある茂みに潜む「脅かし役」だった。
相方は、同じ大学の一年後輩である佐山という女子学生だ。
私たちは虫除けスプレーを全身に浴びるように噴射し、指定されたポイントへ向かった。腐葉土とカビ、それに化学薬品の刺激臭が鼻腔にこびりつく。
「先輩、これ、結構怖いですね」
佐山が自身の二の腕をさすりながら囁く。彼女の声は湿気を吸って、すぐに闇に溶けた。
私たちは遊歩道から三メートルほど奥に入った熊笹の茂みに身を潜めた。足元はぬかるんでおり、安物のスニーカーを通して冷たい泥の感触が伝わってくる。
私たちの手元には、小道具として用意された小石の詰まった袋と、太めの釣り糸で枝を揺らす仕掛けがあった。
直接姿を見せて「わっ」と驚かすような安直な真似は禁止されている。
視界の隅で何かが動く、聞こえるはずのない音がする、といった「気配」を作ることが私たちの任務だった。
「来るぞ。第一班だ」
腕時計の蛍光塗料を確認し、私は佐山に合図を送る。
遠くから、砂利を踏みしめる足音が聞こえてきた。不揃いなリズム。時折混じる甲高い笑い声や、虚勢を張った男子の話し声。
懐中電灯の光束が、霧のかかった杉の幹を乱暴に撫で回している。
第一班が私たちの潜む茂みの前を通過する瞬間、私はタイミングを計って釣り糸を引いた。
頭上の枝が、カサカサと乾いた音を立てて揺れる。
同時に佐山が、小石を一つ、彼らの背後の闇へ向かって放った。
「うわっ、なんだよ今の!」
「やめろよお前、押すなよ!」
子供たちの反応は上々だった。引率の大人が「静かに、ただの風だ」と宥める声が聞こえるが、その声色にも微かな緊張が滲んでいる。
彼らが通り過ぎ、闇の向こうへ消えていくのを見届けてから、私たちは顔を見合わせて小さく息を吐いた。
「意外と、上手くいくもんですね」
「ああ。この調子でいこう」
第二班、第三班と、予定通りに通過していく。
悲鳴を上げる班もあれば、無言で早足に通り過ぎる班もあった。
私は単調な作業に飽きを感じ始め、同時に、この森の「静寂」の質が少しずつ変化していることに気づき始めていた。
最初は聞こえていた虫の声が、いつの間にか止んでいる。
風が止まり、杉の木々が巨大な墓標のように沈黙している。
自分の心臓の音だけが、耳の奥で不快なほど大きく響いていた。
「先輩……次、四班ですよね」
佐山が不安げに私を見る。
彼女の視線は、子供たちがやってくる道の方ではなく、私たちが背にしている「森の深部」の方へ頻繁に向けられていた。
背後の闇から、視線を感じる。そんなありふれた錯覚だと思い込もうとした。
第四班が通過した。
彼らは酷く怯えており、女の子の一人が泣き出していたため、私たちは脅かすのを控えて、ただじっとやり過ごした。
引率の大人が、泣く子を背負って足早に去っていく。
「あと一つですね。五班が通れば終わりだ」
私は努めて明るい声を出したつもりだったが、喉が張り付いて掠れた音しか出なかった。
腕時計を見る。予定より少し遅れている。
無線機を持った本部のスタッフからは連絡がない。
森は、真空のような静けさに包まれていた。
やがて、遠くから足音が聞こえてきた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
これまでの班とは明らかに違う。
私語がない。懐中電灯の光が揺れない。
まるで、訓練された兵士の行軍のような、規則正しく、重たい足音。
「……五班、来たみたいですね」
佐山が私の袖を掴んだ。その指先が震えているのがわかった。
光が見えてきた。
先頭を歩く引率者の懐中電灯だけが、前方の道を照らしている。
後ろに続く子供たちは、誰もライトを持っていないようだった。
あるいは、点けていないのか。
彼らが近づいてくる。
私は違和感の正体を探ろうと目を凝らした。
十人の子供たち。二人の大人。人数は合っている。
だが、何かが決定的に欠落している。
彼らは一様にうつむき、腕を振らず、足だけで歩いていた。
視線は足元の砂利に釘付けにされ、誰一人として、周囲の暗闇を恐れている様子がない。
そして何より奇妙なのは、その「音」だった。
砂利を踏む音に混じって、ピチャ、ピチャ、と水気が跳ねるような音がするのだ。
連日の晴天で、地面は乾いているはずなのに。
「先輩、やりましょうか」
佐山が義務的に釣り糸に手を掛けた。
私は反射的に彼女の手首を掴んで止めた。
「いや、やめておけ」
理由は説明できなかった。
ただ、本能が警鐘を鳴らしていた。
この集団に、干渉してはいけない。
こちら側の存在を、知らせてはいけない。
私たちは息を殺し、泥に膝をついて、その行列が目の前を通過するのを待った。
ザッ、ザッ、ピチャ、ザッ。
彼らが横を通り過ぎる。
生温かい風が動いた。
その瞬間、強烈な腐臭が鼻をついた。
泥と、錆びた鉄と、古漬けのような酸っぱい臭いが混ざり合った、生理的な嫌悪感を催す臭気。
私は思わず口元を手で覆った。隣の佐山も顔をしかめている。
列の中ほどにいた子供の一人が、ふと、顔を上げたように見えた。
暗闇で表情は判別できない。
だが、白目があるはずの場所が、黒く塗りつぶされたように虚ろだったことだけが、網膜に焼き付いた。
彼らは一度もこちらを見ることなく、機械的な動作で遠ざかっていった。
懐中電灯の光がY字路のカーブに差し掛かり、そのまま吸い込まれるように見えなくなった。
「……行ったな」
「今の、なんだったんですか? 臭い、凄かったですよね」
「風呂に入ってないのかもしれないな。最後の班だし」
私は無理やり自分を納得させ、立ち上がった。
足が痺れて感覚がない。
安堵感と共に、強烈な疲労が押し寄せてきた。
「よし、撤収しよう。国道の集合場所まで戻るぞ」
私たちは道具を片付け、逃げるようにその場を離れた。
背後の闇が膨張し、背中に覆いかぶさってくるような錯覚に追われながら。
私たちは来た道を戻るのではなく、子供たちと同じルートを辿って国道へ出ることにした。
Y字路までは早足で数分。
そこには黄色いビニールテープが張られ、「順路・左折」の看板が立てられていた。
右側の「直進・立入禁止」のロープを確認する。ロープはピンと張られたままで、誰かがくぐったり、跨いだりした形跡はない。
「ちゃんと左に行ったよな、さっきの奴ら」
独り言のように呟くと、佐山が「ええ、光が曲がっていくのを見ましたから」と答えた。
私たちは左に折れ、舗装された国道へ出た。
水銀灯の青白い光がまぶしい。
文明社会に戻ってきた安堵で、ようやく肩の力が抜けた。
集合場所である神社の駐車場には、既に脅かし役を終えた他の大人たちが集まり、缶コーヒーを飲みながら談笑していた。
引率を終えた子供たちは、順次バスに乗せられてキャンプサイトへ送り返されている最中だ。
「おーい、お疲れさん。どうだった?」
声をかけてきたのは、全体指揮をとっていた高橋という三年生の先輩だ。
「お疲れ様です。いやあ、結構疲れましたよ。でも、全班無事に通過しました」
私がそう報告すると、高橋の顔から笑みが消えた。
彼は手に持っていたバインダーの挟まれた名簿に目を落とし、怪訝そうに眉をひそめる。
「全班? 五つ全部か?」
「ええ、そうですけど。ついさっき、最後の五班を見送ってからここに来ましたから」
高橋は私の顔をじっと見て、それから国道沿いのガードレールの陰を指差した。
「おい、冗談言うなよ。国道側の脅かし役は『まだ四班までしか来てない』って言ってるんだぞ」
指差された方を見ると、国道側の茂みに隠れていたはずの二人の男が、困惑した顔でこちらに歩み寄ってきた。
「いや、マジで来てないっすよ。四班が通ってからもう二十分は経ってます。無線で確認しようと思ってたところなんです」
私は佐山と顔を見合わせた。
背筋に冷たいものが走る。
「そんなはずはないです。私たちは確かに見ました。十人の子供と、二人の大人。全員無言で、足音が揃っていて……少し異様な雰囲気でしたけど、確かにY字路の方向へ歩いていきましたよ」
佐山が必死に説明する。
しかし、国道側の係員は首を横に振るばかりだ。
「一本道だぞ? Y字路で左に曲がったら、もう逃げ道はない。俺たちの前を通らずにここに来るなんて不可能だ」
その時、駐車場に続く国道の方から、騒がしい声が聞こえてきた。
懐中電灯の光が揺れている。
ジャージ姿の大人と、体操服を着た子供たちの集団だ。
「おい! 遅れてすいません!」
大人の一人が手を振りながら駆け寄ってくる。
それは、紛れもなく「第五班」の引率担当だった。
後ろには、疲れ切った様子の十人の子供たちが続いている。
「途中で腹痛を起こした子がいて、トイレ休憩挟んでたら遅くなっちゃって……」
引率者が申し訳なさそうに頭を下げる。
高橋が彼らの人数を数え、安堵の息を吐く。
場は一気に弛緩した空気に包まれた。「なんだ、そういうことか」「脅かす準備して損したよ」といった軽口が飛び交う。
しかし、私と佐山だけは動けなかった。
私たちが「見た」あれは、一体なんだったのか。
時間にして十分以上の差がある。
見間違いで済まされるような距離ではない。わずか数メートルの至近距離で、私たちはあの臭いを嗅ぎ、あの足音を聞いたのだ。
「先輩……」
佐山が蒼白な顔で私のシャツを引っ張る。
彼女の視線は、まだ誰も気づいていない一点に向けられていた。
「あの、五班の人たち……靴、綺麗ですよね」
言われてハッとした。
遅れて到着した「本物の」第五班の子供たちの靴は、多少の砂埃はついているものの、乾いている。
当然だ。連日の日照りで、遊歩道は乾燥していたのだから。
Y字路までの道も、国道も、ぬかるみなど一つもない。
だが、私たちが目撃した「あの集団」は、ピチャ、ピチャという湿った音をさせて歩いていた。
そして私たちの足元──茂みの中だけは、不自然なほど冷たい泥で濡れていたことを思い出す。
もし、彼らが国道に出てきていないのだとしたら。
彼らはY字路で左に曲がらず、そのまま直進したことになる。
ロープをすり抜けて。
あの、地図にも載っていない、獣道の奥へ。
「おい、どうした? 顔色が悪いぞ」
高橋先輩が私の肩に手を置いた。
その手の温かさが、かえって私の体温を奪っていくように感じられた。
「先輩、今すぐ確認したほうがいいかもしれません」
「何をだ?」
「Y字路の先です。直進した班が……いや、直進した『何か』がいるかもしれません」
私の言葉は、周囲の笑い声にかき消されそうになったが、あまりの剣幕に高橋先輩も真顔になった。
結局、安全確認という名目で、私と高橋先輩、そしてもう一人の屈強な男性スタッフの三人で、車でY字路まで戻り、そこから徒歩で確認に行くことになった。
佐山は震えが止まらず、本部の車に残ることになった。
車で数分。Y字路の近くに車を止め、私たちは懐中電灯を持って降り立った。
アスファルトから土の地面へ踏み入る。
森は先ほどよりも深く、濃密な闇に沈んでいた。
Y字路に到着する。
「左折」の看板はそのまま立っている。
私たちは右側の「立入禁止」のロープを照らした。
ロープは張られたままだ。
だが、その下の地面を見た瞬間、高橋先輩が「うっ」と呻き声を上げて後ずさった。
ロープの向こう側の地面に、無数の足跡が残されていた。
乾いた土の上に、そこだけ黒々とした濡れた泥の跡が続いている。
十人、いやそれ以上の数の足跡が、乱れることなく一直線に、森の深部へ向かって伸びていた。
その足跡は、靴底のパターンではなかった。
裸足だ。
小さな子供の裸足の跡と、それに付き添うような大人の裸足の跡。
指の跡が、泥に深くめり込んでいる。
そして、その足跡の周囲には、点々と、赤い飛沫のようなものが散らばっていた。
「なんだこれ……ふざけるなよ……」
高橋先輩の声が震えている。
私たちはその足跡を追うことができなかった。
光の届かない森の奥から、先ほど聞いたあの音が──ザッ、ザッ、ザッ──微かに、しかし確実に近づいてくる気配がしたからだ。
いや、違う。
近づいているのではない。
森全体が、呼吸をするように、その音を反響させているのだ。
私たちは逃げ帰った。
理性的な判断など吹き飛び、ただ本能的な恐怖に突き動かされて車へ走り、アクセルを踏み込んだ。
翌日、キャンプは予定を早めて解散となった。
表向きの理由は「天候悪化の予兆」とされたが、スタッフの間では昨夜の出来事が箝口令付きで共有されていた。
警察への通報も検討されたが、結局、「本物の子供たち」は全員無事であり、行方不明者もいない以上、何を報告すればいいのか誰もわからなかったのだ。
あの裸足の足跡については、「地元の悪ふざけ」という強引な解釈で片付けられた。
私は逃げるように東京へ戻った。
日常に戻れば、あの山の夜の湿り気も、腐臭も、記憶から薄れていくだろうと期待していた。
しかし、それは甘い考えだった。
異変は、一週間後に起きた。
深夜、アパートの部屋でレポートを書いていると、不意に鼻をつく臭いがした。
あの夜の、泥と鉄と酸味の混じった、生理的な嫌悪感を催す腐臭。
窓は閉め切っている。エアコンの風からはそんな臭いはしない。
臭いは、部屋の内側からではなく、玄関のドアの隙間から滲み入ってくるようだった。
心臓が早鐘を打つ。
椅子から立ち上がろうとしたその時、廊下から音が聞こえた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
あのアパートの共用廊下はコンクリート打ちっ放しだ。
コツコツという乾いた足音が響くはずなのに、聞こえてくるのは砂利を踏みしめるような、湿った重たい音。
そして、ピチャ、ピチャという水音。
音は私の部屋の前で止まった。
ドアノブがゆっくりと、音もなく回り始める。
鍵は掛けてある。チェーンもしてある。
だが、そんな物理的な障壁など意味がないことを、私は直感的に理解していた。
彼らが通るのは「道」ではない。
彼らが歩く場所こそが「道」になるのだ。
私は恐怖で声も出せず、ただドアを凝視していた。
ドアの郵便受けの隙間から、何かが覗いている気配がする。
視線を感じる。
白目のない、虚ろな目が、私の生活圏を、私の魂を、値踏みしている。
その時、携帯電話が震えた。
佐山からだった。
画面に表示された名前を見た瞬間、私は縋るように通話ボタンを押した。
「もしもし! 佐山か!?」
しかし、返ってきたのは彼女の声ではなかった。
ザーッ、ザーッというノイズ。
いや、それはノイズではない。
無数の足音が重なり合った音だ。
そして、その奥から、低く、抑揚のない声が聞こえてきた。
『……ロク、バン……メ……』
六番目。
五つの班しかなかったはずの肝試し。
私たちが目撃したのは「六番目の班」だったのではない。
彼らは、六番目の班を「迎えに来た」のだ。
五十人の子供。二十人の大人。
合計七十人の人間が、あの夜、山に入った。
全員が無事に戻ったと、私たちは確認したはずだった。
だが、もし、そのカウント自体が間違っていたとしたら?
最初から、私たちが「数えていた」人数の中に、彼らが混ざっていたとしたら?
あるいは、私と佐山こそが、あちら側に片足を突っ込んでいて、彼らの隊列に加わる資格を持ってしまったとしたら?
電話が切れた。
同時に、玄関のドアを叩く音が響いた。
ドン、ドン、ドン。
激しい音ではない。濡れた手で、優しく、招くように叩く音。
私は理解した。
あの夜、彼らは直進したのではない。
Y字路で道が分かれていたのではない。
私たちのいる場所と、彼らの行く場所が、メビウスの輪のように捻れて繋がってしまったのだ。
あそこで彼らを目撃し、認識してしまった時点で、私の中に「直進するルート」が開通してしまったのだ。
今、私の部屋は、あの森の深部と直結している。
足音が、玄関の中に入ってきた。
カビと腐敗の臭いが部屋に充満する。
私は振り返ることができない。
背後に、あの十人の子供と二人の大人が、整然と並んでいる気配がする。
そして、彼らの最後尾に、空席が二つ用意されていることも。
「……行かなきゃ」
私の口から、私の意思ではない言葉が漏れた。
足が勝手に動く。
ザッ、ザッ。
フローリングの上なのに、砂利を踏む感触がする。
私は部屋を出るのではない。
列に加わるのだ。
終わりのない、夜の行軍へ。
あの日から、私は大学に行っていない。
友人たちが私を探しているのか、それとも私の存在ごと記憶から消えているのか、それすらもわからない。
ただ、毎晩、決まった時間になると、私は部屋の中を歩き続ける。
ザッ、ザッ、ザッ。
前の人の背中を見つめながら。
私の後ろには、いつの間にか佐山が歩いている。
彼女もまた、うつむき、無言で、終わらない夜を踏みしめている。
私たちは、永遠にY字路を直進し続けているのだ。
(了)
[出典:224 : 忍法帖【Lv=6,xxxP】 :2011/08/30(火) 08:18:54.40 ID:ez38FNgQ0]