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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

さいま n+

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訳がわからない出来事がある。

誰かに説明しても、どうせ信じてもらえないだろう。けれど、ここに書いておかないと、自分の存在そのものまで溶けていきそうで恐ろしい。

俺の友人、さいまの話だ。

田舎から上京してきて四年。フリーターをしながら事業を立ち上げようと準備していた。そんな俺の呼びかけに応じて、今年の三月、さいまが会社を辞めて東京に来た。高校時代からの親友で、妙に軽いあだ名で呼ばれていた。理由は誰も覚えていない。ただ「さいま」と言えば、みんな笑った。

彼は俺の家から歩いて十分ほどのマンションに住んでいた。部屋は事故物件で、以前孤独死があったせいで相場より三万円も安かった。初めて三人で物件を見に行った時は、畳に塩が撒かれていて、俺も共通の友人も青ざめたのを覚えている。けれど、さいまは「安いなら最高だな」と笑って、迷わず契約してしまった。

事業は結局活動らしい活動をしないまま、二人で毎日のように求人誌を広げては「仕事どうするよ」と話していた。遊び半分の無職仲間のような生活。それがごく当たり前の日常になっていた。

それが一変したのは昨日だ。

夜勤のバイトがあるから、俺は夕方には布団に潜り込む。二〇時頃、夢うつつの中でガラスを叩く音がした。あいつだ。インターホンを押しても起きない俺を、毎回乱暴に起こそうとする。いつもと同じ。半分目を開けて、また寝てしまった。心のどこかで「どうせまたくだらない話だろう」と思って。

その翌朝。バイト帰りに彼のアパートへ行った。いつもならインターホンに即座に出るのに、反応がない。駐輪場にあるはずの自転車もない。電話をかけると「現在使われておりません」。おかしいと思い、三階の部屋を見上げた。カーテンが消えていた。ベランダにあった物干し竿も、窓際に立てかけてあった鏡も。まるで最初から誰も住んでいなかったかのように、空っぽの気配が漂っていた。

背筋が冷たくなった。昨日まで一緒にハンバーガーショップで百円コーヒーを飲みながら馬鹿話をしていた相手だ。昨日も確かにいたはずだ。

慌てて共通の友人に電話した。
「さいまが消えた。引っ越したみたいなんだ」
相手は怪訝そうに笑い、「さいま?誰のこと?」と言った。
「は?高校のだよ、車もらったろ?」
「それは先輩からもらったんだ。お前何言ってんの?」

血の気が引いた。信じられず、別の友人たちにも電話した。誰も彼を知らない。卒業アルバムを開くと、確かに彼の顔写真はある。けれど、全員が高校卒業後は会っていないという。俺だけが違う世界にいるようだった。

証拠はある。彼から譲り受けたゲームのメモリカード、彼の名前で届いた税務署からの書類、俺の机の上に転がる求人誌。二日前に彼から借りた二千円の借用書だって残っている。着信履歴には「さいま」の文字。メールだって残っている。

それなのに。

車を一緒に乗った幼馴染は「お前と二人で行った」と言い張る。彼女でさえ「その友達に会ったことはない」と言った。

理解できなかった。現実感が溶けて、吐き気がこみ上げた。

俺は勇気を出して不動産会社へ行った。「事故物件を一緒に見に行った」と話すと、担当者は少し考え込み、「ああ、七月で退去されましたよ」と答えた。その瞬間、全身に悪寒が走った。退去?昨日まで確かにいたのに?

夜、実家に電話した。母親が出て「今は仕事に行ってます」と言った。次の晩、直接さいまと話せた。
「ずっと同じ会社に勤めてるよ。東京?行ったことないよ。久しぶりだな」
耳に届いたのは、かすれも演技もない、あの声だった。

心臓が握り潰されるような感覚だった。

じゃあ、俺と四ヶ月一緒に過ごしたあの男は誰だ?
俺が飲み代を払って、ジムで泳いで、夜中に窓を叩いて起こしてきた相手は……何だった?

精神的におかしくなってきたのか、数日後から吃音がひどくなった。話すたびに舌が絡まり、呼吸が乱れる。病院に行こうと思う。でも、それで解決する問題なのか?

机の引き出しを開ければ、まださいまの署名入りの契約書がある。印鑑も、住所も。消えないはずの痕跡が、俺の周囲にだけ残っている。

みんなから記憶を奪われ、存在そのものを否定された人間が、今どこにいるのか。
もしかしたら、俺の目の前であくびをしていた男は、事故物件の「前の住人」だったのではないか。孤独死した男の影が、俺の親友の顔を借りて、俺と数ヶ月を過ごしたのではないか。

そう考えると、あの夜、俺を起こそうとガラスを叩いた音が今も耳から離れない。
あれは、友人の呼びかけではなかった。俺を「こちら側」へ誘おうとする音だったのではないか。

昨日、また夜勤明けに自宅へ戻ると、窓ガラスに手形が残っていた。外側ではなく、内側に。

もう、誰かに話しても無駄だろう。
俺だけが知っている。
さいまは確かに、この街で俺と共に生きていた。
それでも、世界は一夜にして彼をなかったことにしてしまった。

次に消えるのは……俺なのかもしれない。

[出典:377 :本当にあった怖い名無し:2007/08/01(水) 10:59:57 ID:k/yPgFRU0]

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