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短編 r+ 凶悪殺人事件

悦子が笑っていた夜 r+29,461

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あの夜の匂いを、私はいまだに忘れられない。

病院の夜勤明け、冷え切った制服の袖口から、鉄のような匂いが漂ってくる気がして目が覚める。あれは……あの日の風呂場の匂いだ。

二〇〇一年の春、私は大宮赤十字病院で看護婦をしていた。同期で親友だった悦子と、映画やカラオケに行ったり、深夜まで国家試験の勉強を一緒にしたり、互いの部屋を行き来するのが当たり前だった。
家も近く、何でも話せる間柄――だったはずだ。三田のことを除けば。

三田とは高校生の頃からの付き合いだ。私にとって初めての男。楽器修理の仕事で学校に出入りしていた六歳上の彼は、背の高い、静かな人だった。高校三年の春、私たちは恋人同士になった。
悦子に紹介したのも自然な流れだった。三人で食事した夜、悦子はよく笑い、三田も楽しそうだった。……それがすべての始まりだった。

彼女と彼が二人きりで会うようになったのは、私が気づかぬふりをしていた数か月の間だ。カメラの中に、悦子が肌着姿で笑う写真を見つけた時、私は息が止まった。指先が震えて、画面を閉じられなかった。
問い詰めると二人は「もう会わない」と言った。私は信じたかった。信じるしかなかった。だが、その約束は何度も破られた。

四月六日、夜勤明けの疲れを隠すように化粧をして、悦子を部屋に呼んだ。酒を出し、他愛もない世間話を続けながら、胸の奥で何かがじわじわと熱くなっていくのを感じた。
「三田とまだ連絡してる?」
彼女は軽く笑いながら、コップを揺らし、こう言った。
「三田さん、あなたにうんざりしてるよ」
その瞬間、私の中で何かが切れた。自分でも、どう動いたのか覚えていない。

彼女がトイレに立とうとした時、手元にあったパンティストッキングを首に巻きつけ、一気に引いた。柔らかい布の奥で、悦子の喉が潰れる感触が伝わった。倒れた体は痙攣し、やがて動かなくなった。
頸動脈を押さえ、呼吸がないことを確かめた時、耳の奥で自分の鼓動だけが鳴っていた。

その後の五日間は、現実感が薄かった。仕事にも行き、笑いながら同僚と話し、帰宅すると浴室で作業をした。
糸鋸、包丁、フードプロセッサ……何度も洗っても、床のタイルの目地から血がにじむような気がした。
袋に詰め、夜明け前の町を歩き、二か所のゴミ集積所へ置いてきた。
街灯に照らされた袋の影が、私の背中まで伸びてくるのが怖かった。

それから三か月、私は平然と勤務を続けた。患者の脈を取り、笑顔で注射を打ち、夜は三田と会った。彼に打ち明けたのは七月十八日の夜だ。
「私、悦子を殺した」
沈黙のあと、彼は信じられない言葉を口にした。
「結婚しよう」
理由を問うと、「友人を殺してまで自分を思ってくれる人とずっと一緒にいたい」と言った。私は頷いた。涙は出なかった。

翌日、自首した。警察署の壁の冷たさが、浴室のタイルと同じ温度だった。
裁判長は「看護師として生命を預かるあなたが、親友の命を奪った」と告げ、十六年の刑を言い渡した。頭を下げた時、法廷の空気はあまりにも静かで、悦子の笑い声がどこからか聞こえた気がした。

今も夢に見る。浴室で振り返ると、そこに悦子が立っている。首には深い赤い線がくっきりと残り、唇が動く。
「三田さんは……あなたに……」
言葉は途中で途切れ、足元のタイルから水ではない何かが溢れ出す。
目が覚めると、部屋は静かだ。けれど枕元には、あの日の袋が置かれている。中身は……見なくてもわかる。

(了)

[出典:大宮看護婦バラバラ殺人事件]

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