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いないことにしてたの rw+3,000

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引っ越した日のことは、妙にはっきり覚えている。

段ボールの匂いがする新しい家で、母が私に言った。

「今日から、女の子になってね」

保育所に通い始めたばかりの頃だった。

意味はよく分からなかった。ただ、母がそう言うなら、そういうものなのだと思った。

髪を伸ばした。服はスカートやフリルのついたものばかりになった。名前こそ変わらなかったが、保育所では先生も子どもたちも、私を女の子として扱った。

誰も不思議がらなかった。

卒園する頃には、髪は腰まで伸びていた。

同い年の女の子が少なかったせいか、私は妙に人気があった。買い物に出れば、知らない人から「お姫様みたい」と声をかけられた。

そのたび、母はうれしそうに笑った。

ただ、一つだけ変だと思っていたことがある。

姉が、男の子の格好をするようになっていた。

昔は髪を長くして、リボンを結んでいたはずなのに、いつの間にか短く刈り上げていた。服も男物ばかりになった。

母はそれについて何も説明しなかった。

姉には男の子の服を着せ、私には毎朝スカートを穿かせた。

それが、うちでは普通だった。

小学校に入ると、少し事情が変わった。

出席簿では当然、男子として扱われる。

ところが、入学前から私を知っている子は、ずっと女の子だと思っていた。

「あれ、男だったの?」

そう言われたこともある。

教師の反応もばらばらだった。男子として扱う先生もいれば、女子と一緒に並ばせる先生もいた。

私は、どちらでもよくなっていた。

スカートには慣れていたし、髪を切るほうが怖かった。

自分が男なのか女なのかというより、母が望むものになっていれば、それで家の中は静かだった。

ある日、姉がいなくなった。

前触れはなかった。

気づけば、家には母と私しかいなかった。

それから、母は私を姉の名前で呼ぶようになった。

最初は言い間違いだと思った。

けれど、何度も続いた。

朝起きると、見覚えのないドレスがベッドの上に置かれていることがあった。ティアラまで用意されていた。

母は私を鏡の前に立たせた。

髪を整え、ドレスの裾を直しながら言った。

「きれいね、〇〇ちゃん」

姉の名前だった。

私は何も言わなかった。

母が楽しそうだったからだ。

学校を休む日も増えた。

二人で映画を観たり、公園へ行ったりした。傍から見れば、仲のいい母娘だったと思う。

私自身、楽しかった記憶もある。

ただ、家に帰って鏡を見るのが嫌だった。

そこに映っている子が誰なのか、分からなかったからだ。

その生活が、どう終わったのかは覚えていない。

気づいたときには祖父母の家にいた。

母はいなかった。

姉もいなかった。

祖母がジーンズを買ってくれた。

祖父が散髪に連れていってくれた。

腰まであった髪を切られたとき、鏡の中の私は泣いていた。

悲しかったのか、怖かったのか、自分でも分からない。

小四の冬に転校した。

そこから私は、男として生活するようになった。

しばらくして、母との生活も再開した。

母は以前とは別人のように落ち着いていた。

ドレスを買ってくることもなかったし、姉の名前で私を呼ぶこともなくなった。

だからある日、軽い気持ちで聞いてみた。

「ねえ。なんで昔、俺を女の子にしてたの?」

母はしばらく黙っていた。

それから、ぽつりと言った。

「本当は、お兄ちゃんがいたんだよ」

私は兄がいたことなど、一度も聞いたことがなかった。

「あんたが保育所に入った頃に、死んじゃってね」

母は淡々と続けた。

「それで、お姉ちゃんをお兄ちゃんとして育てたの」

私は何も言えなかった。

母はさらに言った。

「あんたは、お姉ちゃんとして育てた」

そこまでは理解できた。

理解したくはなかったが、意味は分かった。

最後の一言だけが、分からなかった。

母は少し笑って言った。

「だって、あんたは、いないことにしてたから」

誰を、とは聞けなかった。

私のことなのか。

もともとの私のことなのか。

それとも、母の中では別の誰かが、ずっと一人余っていたのか。

その夜、久しぶりに昔の夢を見た。

鏡の前に、髪の長い女の子が立っていた。

顔は私だった。

母が後ろから髪をとかしている。

「〇〇ちゃん」

姉の名前を呼ぶ。

鏡の中の子が振り返った。

そこで目が覚めた。

今では髪も短いし、男物の服しか着ない。

母も昔のことを口にしない。

ただ、ごくたまに、母が私を呼び間違える。

昔のように、姉の名前で。

そのたびに訂正すると、母は一瞬だけ不思議そうな顔をする。

まるで、

目の前にいる私のほうが、間違っているみたいに。

[出典:497 :本当にあった怖い名無し:2019/05/03(金) 11:22:20.63 ID:9SndWIDE0.net]

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