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二回までも rw+4,394

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ある男が一人で山に登っていた。

582 :文鳥ちゃん:04/03/08 00:38

登山と呼ぶほど大げさなものではない。地元では散歩道の延長のように使われている低い山で、道もはっきりしている。男も何度か入ったことがあり、特に警戒はしていなかった。

途中、歩きながらふと足元に違和感を覚えた。靴紐が、途中からぷつりと切れている。

妙だと思った。古くもないし、引っかけた覚えもない。それでも山ではよくあることだと自分に言い聞かせ、持っていた予備の紐で結び直した。

数分も歩かないうちに、今度は反対側の靴紐が切れた。

さすがに足が止まった。偶然にしては出来すぎている。男は苛立ちを抑えながら、近くの木に背中を預け、しゃがみ込んで紐を直した。

その瞬間だった。

背後から、いきなり両肩を強くつかまれた。

声を上げる暇もなかった。反射的に身をすくめた直後、耳元ではなく少し離れた位置から、「ギャッ」という、獣とも人ともつかない短い叫び声が聞こえた。掴んだ何かが、驚いたように飛び退く気配がある。

男は振り返ることができなかった。心臓の音がうるさく、体が石のように固まっていた。

すると、すぐ後ろから、ひそひそと会話する声が聞こえてきた。人数は分からない。ただ複数だということだけは分かった。

「どうした」

「しくじった」

「二回までも鼻緒を切ってやったというのに」

「相手が悪い。ソンショウダラニを持っている」

「それは残念だ」

淡々としたやり取りだった。怒りも焦りもない。まるで獲物を取り逃がしたことを事務的に確認しているような調子だった。

次の瞬間、背後の気配は一斉に消えた。

風の音だけが戻ってきた。男はしばらく動けず、やがて恐る恐る立ち上がったが、周囲には誰もいない。足元には切れた靴紐が二本、土の上に落ちているだけだった。

山を下りきるまで、男は一度も振り返らなかった。

後日、装備を片付けているとき、ザックの底から見覚えのない小さな包みが出てきた。いつ入れたのか思い出せない。中には、古びた紙片が一枚、雑に折り畳まれて入っていた。

何が書いてあるのかは分からなかった。読める文字ではなかったし、そもそも読もうという気にもならなかった。

男はそれを元の場所に戻し、そのまま山に入るのをやめた。

今もあの包みは、ザックの底に入ったままだ。捨てる理由もない代わりに、取り出す理由も見つからない。

ただ一つ確かなのは、あの山では、歩く人間の持ち物まで含めて、値踏みされているということだ。

584 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :04/03/08 00:59
>>582
文鳥ちゃん、乙です。もしかするとその人って、百万塔を持参していたのじゃないでしょうか。小さな木作りの塔ですが、中に陀羅尼経の巻物が収められています。この巻物がどうやら世界最古の印刷物となるらしく、現存すれば結構な値打ち物になるのだとか。山に入る人の中でも、信心深い人で持っている者がいたとかいう話を聞いたことがありますよ。しかし、一体何に狙われたのでしょうかね。お経が効くということは?……

596 :文鳥ちゃん:04/03/08 15:52
>>584
ダラニ、というのはそういう漢字だったのですね!!話を聞いたときに、音で覚えていたので知りませんでした。関連ページを教えていただき、ありがとうございます。

642 :あなたのうしろに名無しさんが…:04/03/11 02:46
>>596
面白く読ませてもらいました。「ソンショウダラニ」は尊勝陀羅尼(仏頂尊勝陀羅尼経)ですかね。
中世説話集『今昔物語集』に藤原常行が百鬼夜行に遭遇し襲われるが、彼の乳母がこっそり着物に縫い付けておいた尊勝陀羅尼のおかげで助かる話があります。また歴史物語の代表作である『大鏡』にも常行の甥である藤原師輔が、同じく尊勝陀羅尼の霊験で百鬼夜行から助かる話が収められています。当時の厄除けお守りみたいな感じでしょうかね。

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