地方の大学に進学したばかりの頃、あの頃の自分は完全に浮かれていた。
初めての一人暮らし。都会では考えられないほど近くにある山と川と海。何もかもが新しく、触れるものすべてが自分を歓迎しているように思えた。寂れた地方駅に降り立った瞬間から、ここでの生活はきっと上手くいくと、理由もなく信じていた。
夏が来る頃には友人も増え、生活は順調だった。講義も課題も面倒ではあったが、それすら含めて楽しかった。そんなある日、仲間数人と川原でバーベキューをすることになった。酒も入って、若さに任せて騒いだ。肉の焦げる匂い、喉を滑るビール、湿った夜気に混じる川風。そのすべてが心地よく、時間の感覚が曖昧になっていった。
気づけば夜は深く、川面に月光が落ちていた。輪から少し離れ、酔いに任せて川岸へ下りた。流れる水は月を砕き、銀色の破片のように揺れていた。
そのとき、背後に気配を感じた。振り返っても誰もいない。仲間の笑い声は遠く、ここには自分しかいないはずだった。妙な寒気を覚え、戻ろうとしたとき、足元で何かが光っているのに気づいた。
丸みを帯びた小石だった。だが、月を反射しているというより、石そのものが細かくきらめいているように見えた。手に取ると、掌の上で不自然なほど光を放った。理由もなく、これは持って帰らなければならないと思った。
仲間に戻ると、すぐに石に気づかれた。「それ何?」と聞かれ、とっさにポケットにしまい込んだ。持って帰る、とだけ答えた。その場はそれで終わり、夜更けに一人、部屋へ戻った。
窓辺に石を置いた。街灯も届かない暗闇の中、石は月明かりを受けて、静かに、確かに光っていた。目を離せず、そのまま眠りに落ちた。
それから数日後、恋人ができた。
どこで出会ったのか、きっかけは思い出せない。ただ、気づいたら一緒にいて、気づいたら部屋にいた。彼女は自然にそこにいて、料理をし、掃除をし、洗濯をしていた。独り暮らしの部屋は満たされ、満たされていることに疑いを持つ理由はなかった。
大学へ行かなくなったのが、いつからだったのかも覚えていない。時間は部屋の中で溶けていった。外へ出る必要はなく、彼女がいれば十分だった。
ある夜、インターホンが鳴った。出ると誰もいない。それが何度も続き、やがてドアを激しく叩かれるようになった。深夜の衝撃音に、二人で身をすくめた。合鍵を作ろうと話したのを覚えている。
その夜も、ドアが叩かれた。破壊するような音だった。思わず怒鳴ると、返事があった。大学の友人の声だった。
ドアを開けると、友人が立っていた。険しい顔で、自分を見るなり叫んだ。「お前、何してるんだ」
自分は二週間、大学に来ていないという。連絡も取れず、心配して様子を見に来たのだと。意味がわからず、振り返った。
部屋は荒れていた。食べ物の残骸が腐り、異臭がこもっていた。そこに、彼女はいなかった。
彼女の顔も、名前も、声も思い出せなかった。ただ、確かに一緒にいたという感覚と、失ったという実感だけが残っていた。窓辺には、あの石が置かれていた。
病院に運ばれた。二週間、ほとんど何も口にしていなかったらしい。処置の途中で、異物が吐き出された。小さな粒が集まったような塊だった。医師たちは互いに顔を見合わせ、何も言わなかった。
退院後、石はなくなっていた。誰が処分したのかはわからない。だが、あの夜に見た光だけは忘れられない。宝石のように見えたあれは、最初から、殻に覆われた集まりだったのだと、今では思う。
彼女が存在していたのかどうかは、確かめようがない。ただ、今も夢に見る。目覚めると、内容はすべて抜け落ちているのに、胸の奥に残る感覚だけが消えない。
夜、窓辺がかすかに光って見えることがある。そこに何も置いていないと知っていても、目を逸らせない。確かに、そこにあるとしか思えないのだ。
(了)