これは俺が大学進学のため、地方から東京に出てきたばかりの頃の話。
その日は、同じく地方から出てきた友人と夜遅くまで遊んでいて、帰宅したのは深夜二時頃だったと思う。
俺の住んでいたアパートは大学の近くにあり、住人のほとんどが学生だった。夜中に酔っ払いとすれ違うことも珍しくなかった。
階段を昇り、四階の自分の部屋へ向かう。ふと、背後に気配を感じて振り返った。
キャップを被った男が後ろをついてきていた。
顔はキャップのつばで隠れていたが、雰囲気からして若い男だった。住人の誰かだろうと思い、軽く会釈して再び階段を昇る。
四階に到着し、俺は廊下を進んだ。アパートの構造は、階段を昇ったすぐ隣が401号室、そこから402、403……と続き、俺の部屋は406号室だった。
後ろから、まだ足音がついてくる。
このアパートは学生ばかりが住んでいるし、同じ階の住人なら何も不思議はない。405か407の住人かもしれないと考えながら、俺は自室の前で鍵を開け、部屋に入った。
深夜だったし、風呂に入って寝るだけのつもりだった。
何の気なしに、ドアを閉め、鍵とチェーンをかけたその瞬間——
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
ドアノブが外れそうな勢いで回された。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
——さっきの男だ。
こんな学生ばかりのアパートに押し入ろうとする時点で、金品目的ではないことは明らかだった。
俺はキックボクシングをやっていた。もし普通に戦えば負ける気はしなかった。
でも——
ボロアパートの扉一枚隔てた向こうに、何を考えているかわからない得体の知れない男がいるという恐怖。
まともに立つことすらできなかった。
歯がガチガチ鳴る。
何分経っただろうか。
実際は一、二分だったのかもしれない。でも俺には何時間にも感じられた。
そして——
「バンッ!!!」
最後に一発、思い切りドアを蹴る音がして、足音は遠ざかっていった。
緊張の糸が切れたのか、俺はそのまま気を失うように眠ってしまったらしい。
次に目を覚ました時には、朝になっていた。
男の正体は未だに不明だ。
だが、それ以来——
俺は部屋に入った瞬間に鍵をかけることを、絶対に忘れないようにしている。
(了)
[出典:28 :本当にあった怖い名無し:2016/07/17(日) 16:41:36.10 ID:yUqdWbuI0.net]