階段を昇っているときから、足音は一定の距離を保っていた。
俺が立ち止まれば止まり、歩き出せばまたついてくる。
四階に着き、廊下に出た。階段のすぐ横が401号室で、そこから順に402、403と続き、突き当たりが406だ。構造は単純で、逃げ道はない。
俺は廊下を歩きながら、一度だけ振り返った。
キャップを深く被った男が、階段の踊り場の影に立っていた。顔は見えない。ただ、こちらを見ていることだけはわかった。
住人だろう。そう思い込もうとした。
401を通り過ぎる。
402、403。
足音は、同じ間隔でついてくる。
404。
405。
俺の部屋は406。その先は壁だ。
鍵を取り出す。
背後の足音は、まだ止まらない。
406の前に立ち、鍵を差し込む。
その瞬間、足音はすぐ後ろまで迫っていた。
だが、振り返らなかった。
鍵を回し、部屋に滑り込む。ドアを閉め、鍵とチェーンをかける。
次の瞬間。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
ドアノブが狂ったように回される。
チェーンがきしむ。
薄い扉一枚隔てた向こうで、息づかいのような音がする。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
蹴りが入る。
「バンッ!!」
衝撃でドアが震えた。
俺は床に座り込んだまま動けなかった。キックボクシングをやっていようが関係ない。向こうにいるのが何者か分からないという一点だけで、体は言うことを聞かなかった。
やがて音は止んだ。
足音が、廊下を遠ざかっていく。
……いや。
遠ざかっていくはずの足音が、途中で消えた。
406の先は行き止まりだ。
どこへ行った。
長い時間が過ぎた気がするが、実際は数分だったのかもしれない。
いつの間にか眠っていた。
朝になり、恐る恐るドアを開けた。
廊下は静かだった。
だが、406のドアの前から階段に向かって、泥の足跡が続いている。
俺の部屋の前から、だ。
階段のほうから来た形ではない。
406の前から、階段へ向かっている。
行き止まりから、出てきたように。
管理会社に確認したが、四階は401から406までの六部屋だけで、406の先に部屋も非常口もない。
以来、俺は部屋に入った瞬間に必ず振り返る。
誰もいない廊下の、突き当たりを。
あの夜、あの男は、俺の後ろを歩いていたのではない。
あそこから、出てきた。
[出典:28 :本当にあった怖い名無し:2016/07/17(日) 16:41:36.10 ID:yUqdWbuI0.net]