怪談を読んでいて、本当に嫌なのは、派手な一撃そのものではない。
読み終わったあとで、話の細部より先に、なぜか「語った人」や「書き留めた人」の気配が残る時だと思う。
『蒐集者の手帳~忘れられなかった十八の怪談』は、そういう種類の本だ。
収録されているのは、団地、タクシー、職場、郵便局、コンビニ、学校、海沿いの店、山あいの集落などで聞かれた十八の怪談。
題材だけを見れば、特別に珍しいものではない。
だが、この本ではどの話も、いかにも怪談めいた語り口で始まらない。
取材のついでに聞いた話。
誰かが昔のことを思い出すように話したこと。
現場の人間が、変なことがあったとだけ言い残したこと。
最初はそんな温度で始まる。
その低さがまず怖い。
大げさに恐がってくれないから、逆に逃げ場がない。
話し手たちは、自分の身に起きたことを、理解できないまま持っている。
記録者である志那羽岩子も、最初はそれを判断しない。ただ聞いて、書き留める。
それだけのはずなのに、読んでいるうちに、聞かれた話と、書き留めている人間のあいだに、じわじわ妙なものが溜まり始める。
この本の嫌さはそこにある。
一話ごとの怖さはかなり散っている。
じわじわ来る話もあれば、最後に時系列や意味がひっくり返る話もある。
あからさまな怪異より、人間の暮らしの内側ににじんだ違和感のほうが強く残る話もある。
だから、ただの「びっくり話」の寄せ集めではない。
しかも本書は、読み進めるほどに、怪談そのものと同じくらい、志那羽岩子という記録者が気になってくる。
彼女はフリーライターとして、体験者の声を拾っていく。
真偽を断定しない。
説明を押しつけない。
「彼らは間違いなく、何かを体験した」とだけ受け止める。
その距離感があるから、最初のうちは安心して読める。
だが、その安心は長く続かない。
怪談が集まってくる速度が少しずつ変わる。
ただ聞き取っているはずの人間の手帳に、別の気配が混じり始める。
読者の側も、途中から「この本は怪談を集めた本なのか」「怪談に寄って来られた記録なのか」が分からなくなる。
ここが、この本のいちばん不穏なところだ。
怪談好きなら、おそらく一話ごとの強さだけでも十分楽しめる。
実話怪談が好きな人なら、聞き書きの温度の低さがかなり効くはずだ。
モキュメンタリーが好きな人にも向いている。
ただし、考察で謎を解いていくタイプの本ではない。
答えをくれる本ではなく、答えの出ないまま、場面と声と違和感だけを置いていく本だ。
そこがいい。
怪談は、分かった瞬間に弱くなる。
『蒐集者の手帳~忘れられなかった十八の怪談』は、その線を越えない。
読後に残るのは、「あれは何だったのか」という問いより先に、「どうしてあの記録者は、そこまで書き留めてしまったのか」という感触だ。
怪談をよく読む人ほど、その後味は長く残ると思う。
一話だけなら、ただ嫌な話で終わるかもしれない。
だが、十八話を通して読むと、嫌さの種類が少し変わる。
それぞれ別の怪談を読んでいたはずなのに、いつの間にか一冊全体の手触りになって返ってくる。
怪談を読む人へ。
読後に何かが残る話が好きな人へ。
派手な恐怖より、あとからじわじわ効いてくる嫌さを求める人へ。
この本は、そのための一冊です。
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