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求人の声 rw+3,847

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皆が新世紀の幕開けだ何だと浮かれていた頃、俺は四畳半のボロアパートで畳に寝転がっていた。

天井にはひびが入り、板がわずかに浮いている。窓の外では蝉が鳴き、網戸越しに湿った空気がじっとりと流れ込んでくる。

旅行がしたかった。理由はない。ただ、ここから出たかった。そのためのバイトを探していたが、電話をかけては断られ、断られては求人雑誌をめくる日々だった。電気は落としたまま、夕方の光だけが部屋を照らしている。窓枠の影が畳に十字を描き、遠くで電車の音がした。どこかから味噌汁の匂いが漂ってくる。

「カップ麺、あったよな……」

起き上がる気にもなれず仰向けになったまま目を閉じた、そのときだ。手元の雑誌が、指に触れてもいないのに一枚だけ、ゆっくりとめくれた。

そこに載っていたのが「弟切旅館(仮名)」の住み込み募集だった。山間の温泉地。食事付き、住み込み。条件は悪いが、今の俺には十分すぎた。すぐに電話をかけた。若い女の声が出たが、会話の途中で妙なノイズが混じった。それでも話は進み、明日から来てほしいと言われた。

名前を告げたときだけ、声が変わった。低く、古びた男の声だった。

「垂水くんね……はやくいらっしゃい」

違和感はあったが、運が向いたのだと思うことにした。

その夜、カップ麺を啜りながら窓に映った自分の顔を見て、寒気が走った。妙に老けて見えた。しかも、胸の奥が重く、少しも嬉しくなかった。

翌朝、頭痛と吐き気で目が覚めた。鏡を見ると、目の下が暗く落ち込み、歯茎から血が滲んでいる。それでも約束はした。荷物をまとめ、ふらつきながら家を出た。

駅へ向かう途中、電話が鳴った。今度は穏やかな女の声だった。

「体調が悪いのでは。無理せず、こちらで温泉につかってくださいね」

親切な言葉のはずなのに、電話を切ったあと、体がさらに重くなった。雨が降り出し、傘もなく濡れながら歩く。咳き込むと喉の奥が焼けるように痛み、掌の皮膚がひび割れているのが見えた。

ホームのベンチで崩れ落ちる。呼吸を整えようとしても、喉に何かが絡んで咳が止まらない。電車が入線してくる音が、やけに深く響いた。

立ち上がろうとした瞬間、老婆が突進してきた。体当たりされ、ホームに転がされる。馬乗りになった老婆が、俺の顔を掴んで叫ぶ。

「なぜじゃ。なぜ乗る」

「旅館に……行かないと……」

「行くな。行けば、戻れん」

駅員に引き剥がされ、老婆は離れ際に低く呟いた。

「もう、そっちを向いておる」

意味は分からなかった。

家に戻ると、吐き気は収まり、頭痛も薄れた。ただ、完全に楽になった気はしない。胸の奥に、湿った重さだけが残っている。

断ろうと、旅館に電話をかけた。

「この電話番号は現在使われておりません」

何度かけても同じだった。混乱しながら、録音していた通話を再生する。

「……ありがとうございます。弟切旅館です」

女の声だったはずが、再生されたのは老人の声だった。ひどく掠れ、奥に沈んでいる。

「求人を見た者ですが」

「……さむい……」

子供の声だった。続いて、言葉にならない息遣いのような音が重なった。耳を塞ぎたくなる。

昨日の通話も再生する。そこには、俺の声しか入っていなかった。相手の声は記録されていない。ただ、雑音の奥で、何かが擦れるような音だけが続いている。

雑誌をめくる。例のページを開くと、そこだけ紙が焦げ、端が縮れていた。小さな記事が載っている。

弟切旅館 火災
宿泊者、従業員、数名死亡

それだけだった。

ページを閉じた瞬間、電話が鳴った。

湿った部屋の空気が、わずかに動いた気がした。
俺は、受話器に手を伸ばせないまま、ただ立ち尽くしていた。

(了)

[出典:旅館の求人-2003/07/02 02:04]

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