中編 都市伝説 定番・名作怖い話

【定番・名作怖い話】旅館の求人【ゆっくり朗読】

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皆が新世紀の到来に浮かれていた頃、俺はボロアパートで黄昏れていました。

2003/07/02 02:04

旅行にいきたいのでバイトを探してた時の事です。

暑い日が続いてて汗をかきながら求人をめくっては電話してました。

ところが何故か、どこもかしこも駄目……駄…目駄目。

擦り切れた畳の上に大の字に寝転がり、適当に集めた求人雑誌をペラペラと悪態をつきながらめくってたんです。

不景気だな……

節電の為、夜まで電気は落としています。

暗い部屋に落ちそうでおちない夕日がさしこんでいます。

窓枠に遮られた部分だけがまるで暗い十字架のような影を畳に落としていました……

遠くで電車の音が響きます。

目をつむると違う部屋から夕餉の香りがしてきます。

「カップラーメンあったな……」

俺は体をだるそうに起こし散らかった求人雑誌をかたずけました。

ふと……偶然開いたのでしょうかページがめくれていました。

そこには某県の弟切旅館(仮名)というところがバイトを募集しているものでした。

その場所はまさに俺が旅行に行ってみたいと思ってた所でした。

条件は、夏の期間だけのもので時給はあまり……というか全然高くありませんでしたが、住みこみで食事つき、というところに強く惹かれました。

ずっとカップメンしか食べてませんから、まかない料理でも手作りのものが食べれて、しかも行きたかった場所。

俺はすぐに電話しました。

「……はい。ありがとうございます!弟切旅館です」

「あ、すみません。求人広告を見た者ですが、まだ募集してますでしょうか?」

「え、少々お待ち下さい。…………ザ……ザ……ザザ…い、……そう……だ…………」

受付は若そうな女性でした。

電話の向こう側で、おそらくは宿の主人であろう低い声の男性と小声で会話をしていました。

俺はドキドキしながら、なぜか正座なんかして……待ってました。

やがて受話器をにぎる気配がしました。

「はい。お電話代わりました。えと……バイトですか?」

「はい。求人雑誌でここのことをしりまして、是非お願いしたいのですが」

「あー……ありがとうございます。こちらこそお願いしたいです。いつからこれますか?」

「いつでも俺は構いません」

「じゃ、明日からでもお願いします。すみませんお名前は?」

「垂水です」

「垂水君ね。はやくいらっしゃい……」

とんとん拍子だった。運が良かった。

俺は電話の用件などを忘れないように録音するようにしている。

再度電話を再生しながら必要事項をメモっていく。

住みこみなので持っていくもののなかに保険証なども必要とのことだったのでそれもメモする。

その宿の求人のページを見ると白黒で宿の写真が写っていた。

こじんまりとしているが自然に囲まれた良さそうな場所だ。

俺は急にバイトが決まり、しかも行きたかった場所だということもあってホっとした。

しかし何かおかしい。

俺は鼻歌を歌いながらカップメンを作った。

何か鼻歌もおかしく感じる。日はいつのまにかとっぷりと暮れ、あけっぱなしの窓から湿気の多い生温かい風が入ってくる。

俺はカップメンをすすりながら、なにがおかしいのか気付いた。

条件は良く、お金を稼ぎながら旅行も味わえる。女の子もいるようだ。

旅館なら出会いもあるかもしれない。

だが、何かおかしい。

暗闇に窓のガラスが鏡になっている。

その暗い窓に俺の顔がうつっていた。

なぜか、まったく嬉しくなかった。

理由はわからないが俺は激しく落ちこんでいた。

窓にうつった年をとったかのような生気のない自分の顔を見つめつづけた。

次の日、俺は酷い頭痛に目覚めた。激しく嘔吐する。

風邪……か?俺はふらふらしながら歯を磨いた。

歯茎から血が滴った。鏡で顔を見る。

ギョッとした。

目のしたにはくっきりと墨で書いたようなクマが出来ており、顔色は真っ白。

バイトやめようか……とも思ったが、すでに準備は夜のうちに整えている。

しかし……気がのらない。

そのとき電話がなった。

「おはようございます。弟切旅館のものですが、垂水さんでしょうか?」

「はい。今準備して出るところです」

「わかりましたー。体調が悪いのですか?失礼ですが声が……」

「あ、すみません、寝起きなので」

「無理なさらずに。こちらについたらまずは温泉などつかって頂いて構いませんよ。初日はゆっくりとしててください。そこまで忙しくはありませんので」

「あ……だいじょうぶです。でも……ありがとうございます」

電話をきって家を出る。

あんなに親切で優しい電話。ありがたかった。

しかし、電話をきってから今度は寒気がしてきた。ドアをあけると眩暈がした。

「と……とりあえず、旅館までつけば……」

俺はとおる人が振りかえるほどフラフラと駅へ向かった。

やがて雨が降り出した。

傘をもってきてない俺は駅まで傘なしで濡れながらいくことになった。

激しい咳が出る。

……旅館で休みたい……

俺はびしょぬれで駅に辿りつき、切符を買った。

そのとき自分の手を見て驚いた。。

カサカサになっている。濡れているが肌がひび割れている。

まるで老人のように。

やばい病気か……?旅館まで無事つければいいけど……

俺は手すりにすがるようにして足を支えて階段を上った。何度も休みながら。

電車が来るまで時間があった。俺はベンチに倒れるように座りこみ苦しい息をした。

ぜー……ぜー……声が枯れている。手足が痺れている。

波のように頭痛が押し寄せる。ごほごほ!咳をすると足元に血が散らばった。

俺はハンカチで口を拭った。血がベットリ……

俺は霞む目でホームを見ていた。

はやく……旅館へ……

やがて電車が轟音をたててホームにすべりこんでき、ドアが開いた。

乗り降りする人々を見ながら、俺はようやく腰を上げた。腰痛がすごい。

フラフラと乗降口に向かう。体中が痛む。

あの電車にのれば……そして乗降口に手をかけたとき、車中から鬼のような顔をした老婆が突進してきた。

『ドシン!』

俺はふっとばされホームに転がった。

老婆もよろけたが再度襲ってきた。

俺は老婆と取っ組み合いの喧嘩を始めた。

悲しいかな、相手は老婆なのに俺の手には力がなかった。

「やめろ!やめてくれ!俺はあの電車にのらないといけないんだ!」

「なぜじゃ!?なぜじゃ!?」

老婆は俺にまたがり顔をわしづかみにして地面に抑えつけながら聞いた。

「りょ……旅館にいけなくなってしまう!」

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やがて駅員たちがかけつけ俺たちは引き離された。

電車は行ってしまっていた。

俺は立ち上がることも出来ず、人だかりの中心で座りこんでいた。

やがて引き離された老婆が息をととのえながら言った。

「おぬしは引かれておる。危なかった」

そして老婆は去っていった。

俺は駅員と二、三応答をしたがすぐに帰された。

駅を出て仕方なく家に戻る。

すると体の調子が良くなってきた。声も戻ってきた。

鏡を見ると血色がいい。俺は不思議に思いながらも家に帰った。

荷物を下ろし、タバコを吸う。

落ちついてからやはり断わろうと旅館の電話番号をおした。

すると無感情な軽い声が帰ってきた。

「この電話番号は現在使われておりません……」

押しなおす

「この電話番号は現在使われておりません……」

俺は混乱した。まさにこの番号で今朝電話が掛かってきたのだ。

おかしいおかしいおかしい……

俺は通話記録をとっていたのを思い出した。最初まで巻き戻す。

………………キュルキュルキュル……、ガチャ

再生

「ザ……ザザ………………はい。ありがとうございます。弟切旅館です」

あれ……?俺は悪寒を感じた。

若い女性だったはずなのに、声がまるで低い男性のような声になっている。

「あ、すみません。求人広告を見た者ですが、まだ募集してますでしょうか?」

「え、少々お待ち下さい。…………ザ……ザ……ザザ…い、……そう……だ…………」

ん??

俺はそこで何が話し合われてるのか聞こえた。巻き戻し、音声を大きくする。

「え、少々お待ち下さい。…………ザ……ザ……ザザ…い、……そう……だ…………」

巻き戻す。

「…………ザ……ザ……ザザ……い……、こご、そう……だ…………」

巻き戻す。

「さむい……こごえそうだ」

子供の声が入っている。

さらにその後ろで大勢の人間が唸っている声が聞こえる。

うわぁ!!俺は汗が滴った。

電話から離れる。すると通話記録がそのまま流れる。

「あー……ありがとうございます。こちらこそお願いしたいです。いつからこれますか?」

「いつでも俺は構いません」

記憶にある会話。しかし、俺はおじさんと話をしていたはずだ。

そこから流れる声は地面の下から響くような老人の声だった。

「垂水くんね……はやくいらっしゃい」

そこで通話が途切れる。

俺の体中に冷や汗がながれおちる。外は土砂降りの雨である。

金縛りにあったように動けなかったが俺はようやく落ちついてきた。

すると、そのまま通話記録が流れた。今朝、掛かってきた分だ。

しかし、話し声は俺のものだけだった。

…………

「死ねしねしねしね」

「はい。今準備して出るところです」

「死ね死ね死ね死ね死ね」

「あ、すみません、寝起きなので」

「しねしねしねしねしねしねしねしね」

「あ……だいじょうぶです。でも……ありがとうございます」

俺は電話の電源ごとひきぬいた。かわいた喉を鳴らす。

な……、なんだ……なんだこれ……なんだよ!? どうなってんだ??

俺はそのとき手に求人ガイドを握っていた。

震えながらそのページを探す。

すると何かおかしい。

……ん?手が震える。

そのページはあった。綺麗なはずなのにその旅館の1ページだけしわしわでなにかシミが大きく広がり少しはじが焦げている。

どうみてもそこだけが古い紙質なのです。

まるで数十年前の古雑誌のようでした。そしてそこには全焼して燃え落ちた旅館が写っていました。

そこに記事が書いてありました。

死者三十数名。台所から出火したもよう。旅館の主人と思われる焼死体が台所でみつかったことから料理の際に炎を出したと思われる。
泊まりに来ていた宿泊客達が逃げ遅れて炎にまかれて焼死。

これ……なんだ……求人じゃない。……俺は声もだせずにいた。

求人雑誌が風にめくれている。

俺は痺れた頭で石のように動けなかった。

そのときふいに雨足が弱くなった。

一瞬の静寂が俺を包んだ。

電話がなっている……

(了)

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