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そちらは、あなたの家ですか rw+4,058

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土曜の夜だった。

その男は朝からパチンコに行き、五万円を失った。
競馬の資金にするはずだった金だ。
給料日まで一週間。
何も考えたくなくて、居間のソファに沈み、音だけ流れるテレビを見ていた。

古い一軒家だった。
両親から譲られ、今は一人で住んでいる。
夜になると、廊下の床板が湿った音を立てる。
家が、どこか内側から息をしているようだった。

二十二時過ぎ、電話が鳴った。

「佐藤さんのお宅ですか?」

「違います」

切る。

また鳴る。

「よしおだけど、たかし?」

「間違ってます」

また。

「あの……田中さんのお宅じゃ?」

受話器を持つ手が、わずかに止まった。

自分の苗字は違う。
なのに、なぜか否定するのが遅れた。

「違います」

言いながら、ほんの少しだけ、言い切れなかった気がした。

それでも電話は止まらない。

四度目。

「警察呼ぶぞ」と怒鳴った。

低い声が笑う。

「警察? うちから百万円も借りといてか?」

喉が鳴った。

借りた覚えはない。
だが、借りていないと証明するものもない。

「今から行く。待ってろ」

切れた。

家の空気が、急に狭くなった。

数分後、チャイムが鳴る。

ピンポーン。

一度だけ。

その一度が、やけに長く響いた。

ドアノブが揺れる。

「開けろ。田中」

否定しようとして、声が出なかった。

田中ではない。
だが、田中ではないと言い切れる理由を、うまく思い出せない。

電話が鳴る。

黒電話だ。
この家に引っ越してきたとき、回線は止めたはずだった。

それでも鳴っている。

受話器を取ると、雑音の向こうで誰かが息をしていた。

「……確認が取れました」

誰の声とも分からない。

「これで、こちらからも行けます」

外で、足音が増えた。

窓の外を誰かが横切る影。

玄関を叩く音。

「田中。出てこい」

違う、と言おうとした。

そのとき、背後で小さな声がした。

「達也」

自分の名前だ。

振り返る。

居間の電話が、もう一台置いてあった。

受話器が上がっている。

そこから、自分の声が聞こえていた。

「もしもし。間違い電話です」

外の音が止んだ。

静寂。

次の瞬間、玄関の向こうから低い声。

「間違いじゃなかったな」

ドアノブが、静かに回る音がした。

鍵は、かけたはずだった。


この話をした男は、今もあの家に住んでいるという。

ただし、電話番号は変わっていない。

そして最近、また間違い電話が増えたらしい。

最初は、こう聞かれるそうだ。

「そちら、あなたのお宅ですか?」

受話器の向こうで、誰かが息を潜めている。

いま、この番号にかけているのは、誰だろう。

[出典:676 間違い電話 2009/06/28(日) 00:08:33 ID:A2t2ly3iO]

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