ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 後味の悪い話

謝罪の代償 r+5,680

更新日:

Sponsord Link

小学校教諭だった母が最も後悔していたこと──

それを聞いたのは、息を引き取る三日前の夜だった。

その日、母が勤めていた小学校の職員室に、何人かの子供が泣きながら飛び込んできたという。喧嘩が起きているから助けて欲しいと、全員が声を揃えていたが、どの子も青ざめていて、涙で頬を濡らしながら震えていたそうだ。

現場に駆けつけた母は、廊下に敷かれた古い床材にまで赤黒い血が点々と続いているのを見て、凍りついた。数人の児童が口や鼻から血を滴らせ、呻き声のような泣き声をあげていたという。打撲ではない。骨が砕けた音が、どこか耳の奥に残っている気がすると母は語った。

唯一、立っていたのは清助君。学年でも一番体が大きく、粗暴な言葉をよく吐いていた子だった。手足に返り血を浴びたまま、その場に呆然と立ち尽くしていたという。

怪我をした子たちは、鼻骨を折ったり、頬にヒビが入っていた。校長や教頭も混乱し、清助君は一時副担任に預けられた。

その後の学級会で、ひとりの少女が「謝らせるべき」と母に強く訴えた。母はためらいながらも承諾し、学級全体の前で清助君は謝罪を促された。しかし彼はなかなか口を開かなかった。言葉の代わりに、拳を固く握り、唇を噛み、静かに泣いた。

しばらくして、つぶやくように「ごめんなさい」と言った。その瞬間、教室内の空気が凍ったという。拍手は起こらなかった。それが、清助君がクラスで最後に発した言葉になった。

数年後、教師を退職した母のもとに、翔平君という教え子が突然訪ねてきた。パンチパーマに剃り上げた眉──だがその目はまっすぐだった。彼が語ったのは、あのとき清助君が起こした暴力沙汰の裏にあった真実だった。

翔平君は当時、陰湿ないじめを受けていた。背中にコンパスを刺され、足に画鋲を埋められ、声を上げればさらに酷くなる。誰も助けてはくれなかった。

昼休み、図書室で血の滲んだ靴下を脱いでいた時、清助君が現れたという。彼は何も言わず、ただ翔平君の隣に座り、それから教室へ戻った。

そして……その騒動が起きた。

「先生、知っとった? 清助、家で虐待されとってんで」
翔平君の口調は関西訛りで、どこか投げやりだった。
「あいつ、いじめっ子が許せんかったんや。でもな、謝らされた日から、飯もろくに食わせてもらえへんようになった。あいつ、今、中学でいじめられとる。いじめてるのは、俺をいじめとった連中や」

翔平君は強くなったという。空手を始め、自分の身は守れると。
「先生、俺、清助守りたい。でもな、あいつ、先生ら誰も信用しとらん。成績悪い、金もない、だから見下されとった。でも俺は……俺だけは……」

涙を浮かべた翔平君の目を、母は見つめることができなかったらしい。

その数日後、コンビニの前で母は清助君と翔平君を見かけたという。二人は笑いながら煙草を吸い、かつてのいじめっ子たちはそのそばで、カバンを持ち、命令を待っていた。顎で使われるように。

翔平君の隣には、一人の少女がいた。あの日、清助君に謝らせるよう提案した少女。彼女は地面を見つめ、翔平君の手が、彼女の胸元を弄ぶように動いていた。誰も何も言わなかった。

母はその場から逃げたという。息が苦しくなり、鼓膜の奥で血の音がしたと。

「私は……取り返しのつかないことをした」
母がそう言って目を閉じたのは、三年前の今日のことだ。

母の命日になると、いつもこの話を思い出す。
いじめっ子は堕ち、いじめられっ子は不良になり──
正義を語った者は、誰よりも静かに、堕ちていった。

胸くそ悪い話だ。だが、これが現実だ。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 後味の悪い話

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.