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成立した謝罪 rw+6,628-0118

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小学校教諭だった母が、最期まで言葉にできなかった出来事がある。

それを聞いたのは、母が息を引き取る三日前の夜だった。点滴の音だけが続く病室で、母は天井を見たまま、唐突にある児童の名前を口にした。

清助。

それが誰かを尋ねると、母は少し考えてから、昔の話だと言った。

その日、職員室に数人の子どもが泣きながら駆け込んできた。喧嘩が起きた、助けてほしい、と口々に言っていたが、様子がただ事ではなかった。顔色は青く、震えが止まらず、誰も目を合わせようとしなかった。

廊下へ出た瞬間、母は足を止めた。古い床材の上に、赤黒いものが点々と続いていた。鼻血にしては量が多く、乾きかけた跡が靴底に踏み潰されていた。

数人の児童が倒れ、顔や口元を押さえて泣いていた。骨がぶつかるような、鈍い音が頭に残った気がすると、母は言った。それが実際に聞いた音なのか、後から作られた記憶なのかは分からない。

立っていたのは一人だけだった。清助。学年で一番体が大きく、口が悪く、問題児として扱われていた子だ。手足に返り血を浴びたまま、何も言わず、誰も見ていなかった。

怪我をした子どもたちは運ばれ、校内は混乱した。事情聴取が行われ、清助は副担任の教室で一人待たされた。

後日の学級会で、ある少女が手を挙げた。

謝らせるべきだと。

母は迷った。だが、沈黙が続く教室で、その提案を退ける理由を見つけられなかった。清助は前に立たされ、謝罪を促された。

彼は何も言わなかった。ただ拳を握り、唇を噛み、静かに泣いた。

しばらくして、小さく「ごめんなさい」と言った。その瞬間、教室の空気が変わったという。許しも、安堵もなかった。ただ、何かが終わったような静けさだけが残った。

それが、清助がそのクラスで最後に発した言葉だった。

母はそこで話を止めた。しばらく沈黙が続き、私は続きを待ったが、母は別の出来事を語り始めた。

教師を退職してしばらく経った頃、教え子の一人が突然訪ねてきたという。翔平と名乗った青年は、荒れた風貌だったが、目だけは妙に落ち着いていた。

彼は、清助の話をした。

当時、翔平はいじめられていたという。だが、それを証明するものは何も残っていなかった。背中に刺されたコンパス、靴下に滲んだ血、誰も見ていなかった昼休み。

ある日、図書室で一人座っていた時、清助が隣に来た。ただそれだけだったと翔平は言った。何も話さず、何もせず、少しの間座ってから教室に戻った。

そして、あの騒動が起きた。

「先生、知っとった? 清助、家で殴られとってんで」

翔平の言葉は淡々としていた。どこまでが事実で、どこからが後付けなのか、母には分からなかった。

謝罪の後、清助は急に変わったという。食事を抜き、無断欠席が増え、やがて転校した。中学では、いじめられていたらしい。

翔平は空手を始め、自分を守れるようになったと言った。そして、清助を守りたいとも。

数日後、母は偶然、コンビニの前で二人を見かけた。

清助と翔平は並んで立ち、煙草を吸っていた。その周囲には、かつて怪我をした子どもたちがいた。誰が上で、誰が下なのか、母には分からなかった。

その中に、あの少女もいた。清助に謝らせるべきだと言った少女だ。視線を落としたまま立ち、翔平の手が彼女の肩に触れていた。彼女は何も言わなかったし、誰も止めなかった。

母はその場から逃げたという。逃げた理由を、母自身が理解できなかった。ただ息が苦しく、耳の奥で血の音がしていた。

「私は、何を間違えたんだろうね」

それが、母が私に向けて言った最後の言葉だった。

三年後の今日、母はもういない。

清助が誰を守ったのか。
翔平が誰を救ったのか。
あのとき、誰が正しかったのか。

答えは、どこにも残っていない。

母の命日になるたび、私は思う。
あの教室で、謝罪が成立した瞬間から、何かが静かに続いているのではないかと。

今も、どこかで。

(了)

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