これは、寺の息子である友人・佐伯から聞いた話だ。
彼がまだ大学生で、夏休みに実家へ帰省していた時のことだという。
夏休み特有の解放感からか、佐伯は毎晩のように夜更かしをして過ごしていた。その日も深夜までゲームに没頭していると、突然、玄関のドアを激しく叩く音が響き渡った。ドンドンドンッ!と、まるで壊さんばかりの勢いだ。
佐伯の部屋は一階の玄関近く。二階で寝ている両親はまだ気づいていないらしい。時計を見ると、深夜二時過ぎ。こんな時間に、インターホンも鳴らさずにドアを叩き続ける訪問者。まともな相手であるはずがない。「開けたら襲われるかもしれない…」佐伯は得体の知れない恐怖に身を固くした。
ドアを叩く音は一向に止む気配がない。やがて、ただならぬ物音に気づいた両親も起きてきた。
「さっきから誰かが玄関を叩いてるんだ。どうしよう?警察、呼ぶ?」
佐伯が尋ねると、住職である父親は意外にも落ち着いた様子で「とりあえず、出てみよう」と言い、玄関の明かりをつけた。
「マジかよ…」内心そう毒づきながらも、佐伯はいざという時のために傘立ての金属バットを握りしめる。父親がゆっくりと玄関を開けると、そこには佐伯と同年代と思しき、見るからに“やんちゃ”そうな若者たちが五人、怯えきった表情で立っていた。
彼らの一人が、泣き出しそうな声で叫んだ。
「お願いします!土下座でも何でもしますから、今すぐお経をあげてお祓いをしてください!」
必死の形相だった。
唖然とする佐伯一家に、母親が「落ち着いて。何があったの?」と促すと、若者は少し冷静さを取り戻し、震える声で語り始めた。
「女友達が…急におかしくなっちゃって。車の中で突然暴れ出して、男五人がかりで押さえつけるのがやっとで…。絶対、悪霊に取り憑かれてるんです!助けてください!」
「もしかして、心霊スポットとか行ったんですか?」
気になった佐伯が尋ねると、若者は頷いた。
「はい…○○の廃病院に肝試しに…。その帰り道で、急に…」
そこは、地元では有名な心霊スポットだった。
(本当にそんな怪奇現象が…?)佐伯が半信半疑でいると、父親が静かに口を開いた。
「お友達が大変な状況なのはわかりました。しかし、申し訳ないが、うちの寺はそういったお祓いや除霊を行う宗派ではないのです。ここでは何もできません。他のお寺か神社をあたってください」
若者たちは父親の言葉に呆然と立ち尽くし、やがて力なく頭を下げた。
「そうですか…わかりました。夜分にすみませんでした…」
そう言って、彼らは夜の闇へと消えていった。
もちろん、彼らが連れていたという「取り憑かれた女性」がその後どうなったのか、佐伯一家は知る由もない。
後日、この話を聞いた俺が「その取り憑かれたっていう女の人、どんな様子だったの?」と尋ねても、佐伯は「いや、見てないんだよ」と答えた。
あまりに突然の出来事に、若者たちの対応で手一杯で、車の中にいるはずの女性の様子まで確認する余裕はなかったらしい。
「あの時、見ておけば話のネタになったのにな」と笑っていた佐伯が、ふと真顔になって言った。
「でもさ、冷静になって考えると、ちょっとおかしいよな。男五人に女一人で肝試しなんて、普通行くか?もしかしたら、あいつら、本当はその子を拉致しようとして、抵抗されただけなんじゃないか?あるいは、ヤバい薬でも使おうとしてたんじゃ…?」
それはあくまで佐伯の個人的な推測に過ぎない。だが、その可能性を考えると、俺はゾッとした。霊現象よりも、よほど生々しい人間の悪意を感じたからだ。
ちなみに佐伯も、住職である両親も、霊の存在は基本的に信じていない。俺が「寺の息子なら、なんか心霊体験とかあるんじゃないの?」と聞いた時に、「心霊体験ではないけど」と前置きして、この話をしてくれたのだ。
佐伯の家の寺には墓地が隣接しており、夏になると毎年のように、肝試しにやってくる不届き者が後を絶たないらしい。夜中に大声で騒いだり、いきなり女性の悲鳴が聞こえてきたりして、一家が叩き起こされることも少なくないそうだ。
「目に見えない、いるかいないかも分からない霊なんかよりさ、生きてる人間の方がよっぽど怖くて迷惑なんだよ」
そう締めくくった佐伯の言葉に、俺は妙に納得してしまったのだった。
[出典:792: 本当にあった怖い名無し 2015/07/07(火) 20:22:17.98 ID:brkCHjrY0.net]