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迎えに来た男 rw+3,752

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母方の祖母、ローザは、日本人をひどく嫌っていた。

理由を誰も知らなかった。ただ母が父と交際を始めたとき、祖母は取り乱した。「日本人だけはだめ」と叫び、母を往復ビンタし、勘当を宣言した。それでも母は引かなかった。家を飛び出し、数週間行方をくらませ、最終的に日本へ渡ると決めた。

出発の日、祖母は突然「空港まで送らせてほしい」と言った。母は戸惑いながらも承諾した。搭乗口の前で、祖母は無言のまま古びたお守りを差し出した。擦り切れた布の中に、小さな白い紙と米粒がひとつ入っていた。

紙には日本語が書かれていた。

『ローザ、君を愛している』

その下に、流れるような英語で “I love you” とある。

祖母はその場で涙を流し、ようやく口を開いた。

若い頃、日本人の青年と恋に落ちたという。名はミツオ。丸い眼鏡をかけ、背は低く、いつも桜の話をしていた。戦後の混乱の中、周囲は二人の関係を許さなかった。ある日、ミツオは家族に連れられ、日本へ帰された。祖母は泣きながら見送った。

「必ず迎えに来る」と彼は言ったらしい。「もし会えなくても、生まれ変わって必ず君を見つける。君がおばあちゃんになっていても、僕はすました顔で日本語で《初めまして》って言う。そのとき、桜を見せるよ」

祖母はそれを笑い話のように語った。だが目は笑っていなかった。

数か月後、日本から手紙が届いた。中には同じように米粒と紙片。読めない日本語が並んでいたが、誰かに訳してもらったところ、そこには「愛している」とあったという。

祖母は衝動的に日本へ渡った。住所を頼りに町を歩き、人に紙を見せると、彼らは目を逸らした。

「DEAD」

それだけ言われた。

ミツオは自ら命を絶っていた。理由は語られなかった。祖母は彼の家を訪ね、憔悴しきった母親から小さなお守りを渡された。それが、空港で母に渡したものだった。

祖母は帰国後、長く精神を病んだ。日本の話をすることはなかった。桜を見ると吐き気を催し、米粒ひとつにも過敏に反応した。だが母が日本人と結婚すると知ったとき、祖母は再び激しく取り乱した。

それでも、出発の日にお守りを渡した。

母が父を祖母に紹介したのは、それから数年後だった。祖母は終始無言で、父をまっすぐに見つめていた。

父は緊張していた。英語をほとんど話せない。玄関先で、ぎこちなく口を開いた。

「初めまして」

それは、日本語だった。

父は咄嗟にそう言ったらしい。そして手には、透明なスノードームを持っていた。中には小さな桜の木。振ると白い花びらが舞う。

祖母は、その場で立ち尽くした。

「どうして、それを……」

誰も意味を理解できなかった。父はただ土産だと言った。偶然だと。

だが祖母は、ゆっくりとスノードームを受け取り、振らなかった。中の桜は静止したままだった。祖母は低く呟いた。

「ミツオ……?」

その夜、祖母は高熱を出した。うわごとで何度も日本語を繰り返したという。家族の誰も理解できなかった。ただ、最後にだけはっきりと聞こえた言葉があった。

「約束通り、見つけたよ」

それが誰の声だったのかは、分からない。

祖母はそれから、父を一度も名前で呼ばなかった。会うたびにじっと見つめ、時折「遅かったね」とだけ言った。

やがて祖母が亡くなり、遺品を整理していると、あのお守りが出てきた。中の紙は黄ばんでいた。母は初めて、きちんと翻訳を依頼した。

そこには、こう書かれていた。

『ローザ、君を愛している。先に行く。迎えに来てくれ』

英語の “I love you” の下には、別の文字が重なっていた。薄く、かすれた筆跡で、誰かが書き足している。

『約束だ』

母は黙って紙を戻した。

スノードームは今も実家にある。誰も振らない。だがときどき、誰も触れていないのに、花びらがゆっくりと落ちていることがある。

父はそれを見ると、決まって言う。

「桜は、散るからきれいなんです」

その言い方が、どこか懐かしいと母は言う。

祖母が誰に見つけられたのか。
父が何を持ってきたのか。
約束は、守られたのか。

誰も確かめないまま、桜は静かに降り続けている。

(了)

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