母方の祖母、ローザの話。
母の両親はアメリカ人で、父は日本人。二人の交際は猛反対された。特に祖母は「日本人だけはダメ」と激しく怒った。しかし、母は意志が強く、決して引かなかった。祖母に往復ビンタされ、絶交を宣言されても、母は家を飛び出し、一時行方をくらましたほどだった。
やがて母は自らの意思で父の住む日本へ行くことを決めた。その日、祖母は空港まで見送りに行きたいと申し出た。母は不思議に思いながらも承諾した。空港で祖母は古びた日本のお守りと、色あせた写真を差し出した。
それは母にとって初めて見るものだった。お守りの中には、小さな白い紙と米粒ひとつ。そして、その紙には、
『ローザ、君を愛している』
と日本語で書かれ、その下には、美しい筆跡の英語で “I love you” と綴られていた。
祖母の目には涙が浮かんでいた。問い詰めると、祖母は過去の恋を語り始めた。
祖母が結婚する前、日本人の青年と恋に落ちた。写真に写るのは、背が低く、丸い眼鏡をかけた優しそうな男、ミツオ。しかし戦後の混乱の中、周囲の激しい反対に遭った。特にミツオの家族は日本に戻るよう彼を強制的に連れ去ってしまった。
祖母は泣き崩れた。食事も喉を通らず、死ぬことばかり考えていた。そんなある日、日本から手紙が届いた。中には小さな紙片と米粒。そして、
『ローザ、君を愛している』
という言葉。読めない日本語だったが、彼の気持ちは伝わった。祖母は決意し、日本へ渡った。彼の住所を頼りに辿り着いた町で、道行く人に住所を見せると、彼らの表情が曇った。
「DEAD」
そう告げられた。
信じられぬまま家を訪ねると、出迎えたのは生気を失った母親だった。ミツオは自ら命を絶っていた。
祖母は狂ったように泣き叫び、彼が遺した小さなお守りを抱きしめた。その後、祖母はアメリカへ戻り、精神を病み、何年もセラピーを受けた。ミツオのこと、日本のことを忘れるために必死だった。
「まさかユーが日本人を愛するなんてね……私はミツオがいない世界なら死にたかった。でも、本当は嬉しかったのかもしれない……」
祖母は泣きながらそう語った。
不思議なことがもうひとつある。
ミツオは日本へ強制的に連れ戻される前、泣く祖母に言った。
「もし二人が引き裂かれても、僕は絶対に生まれ変わって君に会いに行く。君がおばあちゃんになってても、僕は必ず見つける。その時は、すました顔で日本語で《初めまして》って言って、桜を見せてあげるよ」
母が父を祖母に紹介したとき、英語を緊張で忘れた父は、咄嗟にこう言った。
「初めまして」
そして、手にしていたのは、中で日本の桜が舞い散るスノードーム。
誰にも話していなかったミツオの約束。
祖母は驚き、そして涙を流した。
「ミツオ……ありがとう……」