最初は、ほんの出来心だった。
今でも、あの日のことを思い出すたびに、自分の中のどこかが少しずつ削られていく感じがする。後悔とか罪悪感という言葉では足りない。もっと手触りの悪い、説明できない何かだ。
二年ほど前、深夜にやっていた三十分番組をよく見ていた。派手な企画はなく、視聴者投稿の映像を淡々と流すだけの番組だ。町で見かけた変な看板とか、妙な癖のあるペットの映像とか、そんなものばかりだった。笑えるものもあれば、何が面白いのか分からないものもあった。
なぜか、あの時間帯にそれを見ると落ち着いた。眠る前に頭を空っぽにするにはちょうどよかった。
ある晩、ぼんやり画面を眺めながら思った。「自分でも何か撮れるんじゃないか」と。景品目当てじゃない。ただ、テレビの中に自分が用意した映像が紛れ込む、その感じを想像しただけだった。
そのとき、頭に浮かんだのが、あのネタだ。
板と杭、ロープ。家にあったものだけで足りた。板に拙い字で「ご自由にお使いください」と書いた。ロープは端を結んで輪を作った。それだけで、妙に完成してしまった。
休日、郊外の森へ行った。昔、キャンプで何度か入ったことのある場所だが、人の気配はほとんどなかった。鳥の声もしない。探し回って、枝が横に張り出した松の木を見つけた。高さは三メートルくらいだったと思う。
看板を地面に打ち込み、木に登って枝にロープを結んだ。下りてきて見上げると、場違いなほど新しい板と縄が、森の奥で浮いて見えた。写真を撮ろうとして、やめた。少し時間を置いたほうがいい気がした。
「放っておけば、ちょうどよくなる」
そう思って、そのまま帰った。

それからしばらく、完全に忘れていた。一ヶ月ほど経って、ふと思い出した。車を出して、また森へ向かった。草は伸び、道も分かりにくくなっていた。あの木の場所を見つけたとき、まず違和感を覚えた。
ロープに、何かがぶら下がっていた。
遠目には、人の形に見えた。近づくことができなかった。風が吹くたびに、枝が軋む音がした。揺れているのは、風のせいなのか、それ以外なのか分からなかった。
顔は見えなかった。後ろ姿だけだった。長い髪が垂れていて、服の色もはっきりしなかった。ただ、「そう見えた」という感覚だけが残った。
その場から逃げるように走った。車に戻るまで、何度も後ろを振り返りそうになったが、振り返れなかった。
その夜から、眠りが浅くなった。目を閉じると、枝の音がする気がした。通報すべきかどうか、何度も考えた。でも、頭に浮かぶのは、あの光景よりも、「説明がつかない」という感覚だった。何を見たのか、自分でもはっきり言えなかった。
ニュースや新聞を探したが、それらしい記事はなかった。
それで終わるはずだった。
最初に気づいたのは、自宅の裏の木だった。風がないのに、枝が擦れる音がする。見上げると、枝と枝が絡まっているだけだった。気のせいだと思った。
次は、通勤途中の街路樹だった。信号待ちの間、ふと見上げた枝に、ロープの輪のような影が見えた。瞬きすると消えた。
それから、似たものを見る回数が増えた。洗濯物のハンガー。電車の吊り革。子どもの遊具。輪の形を見るたびに、胸の奥がざわついた。
決定的だったのは、夜中に目が覚めたときだ。窓の外で、枝が軋む音がした。カーテン越しに、何かが揺れている影が見えた気がした。怖くて確認できなかった。
翌朝、窓の外にはいつもの庭しかなかった。
二年が経った今も、森には行っていない。あそこに何があったのか、今も分からない。でも、分からないままなのに、あの出来心だけは終わっていない気がする。
輪を見るたびに、どこかで続きを作っている感覚がある。
あのとき、板に書いた言葉が、今もどこかで効力を持っているのだとしたら。
「ご自由にお使いください」
それは、あの森に向けた言葉じゃなかったのかもしれない。
[出典:399 名前:某スレより 投稿日:2003/07/01 14:13]