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中編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

増える背丈 nc+160-0203

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この話を彼が打ち明けたのは、酒席でも気が緩んだ夜でもなかった。

帰省した折、台所で湯気がくゆるのをぼんやり眺めていたとき、ふいに思い出したように口を開いたのだと、自分に語った人がいた。彼によれば、いまでも年に数度、その夜の「気配」が背筋をなぞることがあるらしい。

当時、彼は小学生の終わり頃。家は古い木造で、冬の夜は床板の冷えが足裏に残るほどだった。廊下に灯った常夜灯だけが薄い橙の芯になり、部屋に置いた学習机の端を鈍く照らしていた。雨も風もない夜だったのに、空気にざらつく粒子が混じるような静けさがあったと、彼は語った。

布団にくぐり、兄と背中合わせで寝ていたとき、肌をかすめるような細い風を感じ、目蓋の裏に入りこんだ眠気が割れた。布団の端を軽く踏む音がした。ふたつ、みっつ。木の床を走り抜ける軽い足裏。

常夜灯に浮かび上がる影は、肩ほどの高さで、走るたびに袖が揺れた。その形はひどく馴染み深かった。幼児特有の丸い足取り、浅い呼吸、布地のこすれる音。影の顔が机の脚のあたりに回り込み、光の角度に乗って浮かび上がった瞬間、彼は理解してしまったという。

前髪をまっすぐ切りそろえた形。青い半纏の襟に押しつけられて少しくしゃりとした頬。癖のある瞬き。
それらがすべて、かつての彼自身と一致していた。

声は出なかった。まばたき一つでほどけてしまいそうで、しかし目を閉じれば顔元に寄ってきそうで、どちらも選べず体だけが強張っていた。

そのとき、兄が寝返りを打ち、半分眠った声で言った。
「おい、〇〇、いいかげん寝え」

兄の視線は、暗がりの中の幼い姿を正確に捉えていたという。
兄が枕に頭を戻した一瞬、影は消えた。

足音も、空気の揺れも、すべてが唐突に途切れた。常夜灯の光だけが部屋に残り、空気に小さな沈黙が降りた。

直後、彼が兄を揺さぶり起こすと、兄は目を見開き、「……さっき、おまえ子供やなかったか?」と口走った。兄も同じ青い半纏を見ていたという。髪型も走る癖も、昔の彼そっくりだったと。

親は寝ぼけだと取り合わなかった。その後しばらく、兄弟は親の部屋で寝るようになった。

影は再び現れなかったが、兄はときおり「まだ家におるんちゃうか」と漏らした。彼自身も、中学に上がる頃まで、夜の廊下の空気に小さな揺れがあると、幼い足音を思い出したという。

奇妙なのは、その後だった。

家の静けさが変わった。音が吸い込まれるようになり、水音が遠く感じられた。兄は廊下で耳を澄ます癖がついた。小刻みな歩幅の足音が、誰のものとも一致しなかった。

彼は自室の引き出しを気にするようになった。古い教科書の匂いに混じって、処分したはずの半纏の綿の匂いがした。数日ごとに強くなり、生温い湿度を伴うこともあった。

ある夜、兄弟は水音に気づいた。廊下の床板に、点々と湿りが残り、小さな裸足の形を結んでいた。その足跡は、かつて使っていた旧寝室へ向かっていた。

旧寝室の戸を開けると、部屋の中央だけ空気が沈んでいた。床板に、幼い子どもが膝を抱えて座ったような沈みが残っていた。彼の鼻先に、半纏の匂いが寄った。彼はとっさに戸を閉めた。

それを境に、足音も匂いも消えた。

話の最後に、彼は旧寝室の壁の話をした。
小さい頃、背丈の線を年ごとに引いていたという。最近見たら、線がひとつ増えていた。描いた覚えはない。しかも、その線は、記憶より少し低かった。

兄は言ったらしい。
「これ……誰の身長や」

彼は、その線を消せずにいるという。
消してしまうと、何か戻る場所を奪う気がして。

夜の静けさが深く沈むと、家の奥から「トタ、トタ」と小さな足裏の音を聞くことがある。
それが誰なのか、確かめようとする者はいない。

ただひとつだけ、兄弟は同じことを言う。
あの部屋には、今も誰かがいる。
背丈は、もう小学生ではない。

[出典:607 :本当にあった怖い名無し:2012/06/25(月) 02:14:35.73 ID:j3nuVv450]

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