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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

沈黙の予言 n+

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小学校の記憶なんて、曖昧で穴だらけになっているはずなのに、不思議とあの名前だけは忘れない。

陽三。
小柄で、声はか細く、目はやけに落ち着いていて、いつも妙に静かに立っていた。クラスの誰ともうまく馴染んでいなかったくせに、あいつの口にした言葉だけは鮮明に残っている。

最初に覚えているのは、同じクラスの由紀夫に言った時のことだ。何の脈絡もなく、陽三は唐突に言った。
「水に気をつけて」
ただそれだけ。由紀夫は「は?」と笑って取り合わなかった。俺もその場にいたが、何を言っているんだと内心で鼻で笑った記憶がある。
それから四年後、由紀夫は海で死んだ。遊びに行った海水浴場で深みに嵌まり、仲間の誰も助けられなかったらしい。地元の新聞に出たその記事を、俺はいまだに覚えている。あのときの言葉がどうしても頭から離れなかった。

それだけじゃない。担任だった女の先生に、あいつは言ったのだ。
「先生、子供には気をつけてね」
先生は若くて、俺たちにも優しい人だった。数年後、結婚し、妊娠したと聞いたのも束の間、出産のとき大量出血で亡くなったと噂で聞いた。赤ん坊だけが残された、と。
その瞬間、また陽三の声が蘇った。胸の奥にぬるりと冷たい手を差し込まれるような感覚があった。あいつが言ったことは全部当たる。俺の周りの連中は、そうやって囁き合うようになった。

あいつは小学校を卒業すると、九州に転校していった。以来、姿を見た者はいない。だが名前は残った。俺の地元ではいまも「あの陽三」という言葉が、妙な呪いのように語り継がれている。

――そして、年月は過ぎた。

つい先日、地元に帰省したときのことだ。昔の商店街をぶらぶら歩いていると、浩之に出くわした。小学校の同級生で、当時からやんちゃで、腕っぷしも強い男だ。久しぶりの再会で嬉しくなり、二人で公園に腰を下ろして缶ビールを開けた。昔話で盛り上がるうち、やはり名前が出るのは陽三だった。

浩之は唐突に真顔になり、ぽつりと言った。
「……実は俺も陽三に予言されてたんだよ」
俺は驚いて笑い飛ばした。まだそんなことを気にしていたのかと思ったのだ。
「なんて言われたんだ?」
「『集団には絶対気をつけろ』ってさ」
拍子抜けするほど曖昧な言葉だった。
「そんなの、どうとでも取れるだろ。曖昧すぎる」
冗談めかして返したが、浩之は笑わなかった。
「いや、俺にとっては洒落になんねぇんだよ。今、やばい仕事してるからな。人から恨まれるようなことを、わざとやってんだ」

その声には、自嘲も混じっていた。俺は詳しく聞けなかった。ただ、何か後ろ暗い稼業に手を染めていることは察した。
「集団ってのはな、きっとリンチだ。いつか俺は囲まれて、ぶち殺されるんだろうな……」
口では笑っていたが、目は少しも笑っていなかった。
「不安か?」と問いかけると、浩之は缶を片手に大声で笑った。
「大丈夫!策は練ってある。やられる前にやってやるさ。俺は返り討ちにする。ハハハハ!」

あの笑い声の裏に潜んでいたものは、不安なのか、諦めなのか、俺にはもう判断がつかなかった。

それから数日後。夜遅く、スマホに着信があった。番号は知らないものだった。
恐る恐る出ると、ざわついた声の中から、掠れた浩之の声が聞こえた。
「……やられた」
背筋が凍りついた。何を言っているのか分からない。
「俺……囲まれた。策なんて通じなかった……多すぎる……」
電話の向こうで怒号と呻き声が入り乱れ、何かを殴る鈍い音が混ざった。浩之の声は震えていた。
「なぁ……あいつ……陽三……まだ……」
途切れ途切れの声のあと、耳に残ったのは沈黙と雑音だけだった。

その後、いくらかけ直しても繋がらなかった。翌日、ニュースを確認しても事件らしい記事は出ていなかった。だが俺の耳に残るのは、あの最後の言葉だけだった。
――「陽三」

あいつはいったい、何者だったのだろうか。偶然にしては出来すぎている。もしも、あれが未来を視ていたのだとしたら。だとすれば、あのとき俺に何も言わなかったのはなぜだ。
思えば、陽三は一度も俺に言葉をかけてはいない。クラスの他の奴らには皆ひとことずつ残していたのに、俺には何もなかったのだ。

その沈黙こそが予言だったのではないか――そんな考えが、夜になるとひどく重くのしかかってくる。
俺の未来は、もうすでに決まっている。だが、それを告げる必要はなかったということなのだろう。
陽三にとっては、わざわざ忠告するまでもない結末が、俺を待っている。

眠れない夜が増えた。見知らぬ番号からの着信音に、心臓が跳ね上がる。あの電話の続きを聞かされる気がしてならないのだ。
次は俺の番なのかもしれない。
俺はもう、陽三の沈黙の中に囚われている。

[出典:177 :長文だがすまん:2007/07/17(火) 16:34:05 ID:83rI3COy0]

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