少し不思議な話。
俺が高校生の頃、ずっと欲しかった原チャリをバイトで貯めた金でやっと買った。
あの時の興奮は今でも忘れられない。手に入れた瞬間、俺は自由を手にした気分だった。仲間たちが乗り回している中、俺だけがチャリで遅れを取る日々が終わったのだ。
朝、ギリギリまで寝て、遅刻確定のチャリを横目に、風を切って学校へ向かう。学校そばの仲間の家に原チャリを停め、そこから一緒に登校するのが習慣になった。そして放課後は、仲間たちと原チャリで辺りを気ままに流す。それが日課となっていた。
俺は原チャリに夢中で、暇さえあればワックスをかけてはピカピカに磨いていた。しかしそんな俺にも悩みがあった。それは近所をうろつく野良猫、「黒しっぽ」だ。
白い体に黒い尻尾。こいつが俺の原チャリのシートでいつも寝てやがる。近所の誰かが餌をやってるせいで、この辺りに居着いてしまったらしい。猫の肉球の油がシートに残るたび、俺はイライラした。特殊なクリーナーじゃないと落ちない頑固な汚れだし、せっかくピカピカにしても、また足跡がついてしまう。
だから俺は、黒しっぽを見つけるたびに箒で追い払った。「何やってんだ、ゴルァ!」と叫びながら。黒しっぽはいつも慌てて逃げていくが、逃げる際に爪を立ててボディに傷がつくこともあった。
そんなある日、黒しっぽが近所のガキどもにエアガンで狙われていた。三人のガキが容赦なくエアガンを撃ち、黒しっぽを追い詰めていた。
「ザマァねえな、黒しっぽ」と俺は最初思った。しかし、無力な黒しっぽに浴びせられるBB弾を見ていると、なんだか気分が悪くなった。「オラ! ガキども、あっち行け!」とつい声を荒げて、ガキどもを追い払った。
黒しっぽは一瞬、俺をじっと見上げた後、ふっと走り去った。その目には、恩人への感謝など微塵も感じられない。「あの野郎……」俺は呟いた。
それ以来、黒しっぽの姿を見ることはなかった。俺の原チャリはいつもピカピカで、煩わしい足跡もつかない。俺は上機嫌だった。
そんなある秋の日、仲間の家で過ごし、夕暮れに家に帰る途中だった。原チャリに乗りながら、軽く鼻歌を口ずさんでいた。いつもの交差点を直進しようとした瞬間、「グバン!」と何かにぶつかった感触があった。
急ブレーキをかけた俺の目の前を、信号無視のトラックが猛スピードで通り過ぎていった。「あぶねぇ……轢かれそうになったぜ……」ホッとした俺は、何にぶつかったのか気になって辺りを見回した。
……そこには、見覚えのある白い毛と黒い尻尾の猫が転がっていた。
……黒しっぽだった。
俺は恩返しなんて信じていなかったし、まさか黒しっぽが俺を救ったなんて思えなかった。でも、その弛緩した体を抱き上げると、涙が止まらなかった。
原チャリの前面には、黒しっぽの毛が風にそよいでいた。
俺はそれをきっかけに、原チャリを仲間に売り払った。仲間は「気にしすぎだって。違う猫じゃねーの?」と言ったが、俺にはそうは思えなかった。
今でも、バンプの「K」を聴くと、あの黒しっぽのことを思い出す。