あの町の名前は、いまも口にしないことにしている。
発端は、知人から聞いた「境界線」の話だった。物理的な線ではない。こちら側とあちら側を分ける、意識の裏に貼りついた薄膜のようなものだと言う。見えないが、常にそこにある。踏み越えれば戻れないわけでもない。ただ、越えたことに自分が気づけなくなるらしい。
「霊能者は綱渡りだ」
そう言って笑ったそいつは、自分がどこに立っているかを、いつも確かめる癖があると言っていた。朝起きて、足の裏の感覚を確認する。地面が硬いか、柔らかいか。夢の続きではないか。呼吸は自分のものか。他人の気配が混ざっていないか。
俺は笑って聞いていたが、内心では否定しきれなかった。俺自身、毛先だけが何かに触れている感覚を、子どもの頃から知っていたからだ。見えない。ただ、いるのはわかる。視界の外側に、常に半歩ぶんの余白がある。
背中をなぞる冷気。へその奥から喉へ上がってくるざらつき。日常のノイズとしてやり過ごせる程度の違和感。俺はそれを「体質」だと思い込んでいた。
あの空き家の前を通るまでは。
学区の外れに、古い木造の家があった。塀は傾き、庭は荒れ、窓は内側から板で打ちつけられていた。事故か自殺か、何かがあったという噂だけが残り、詳細を知る者はいない。子どもたちの肝試しスポットになり、大人は眉をひそめる。ありふれた構図だ。
だが、俺にとっては違った。
家の前を通るたび、いつもの背筋のざわめきが強くなる。目に見えない風が、あの家の方向へ流れているように感じる。だから通勤路を変えた。わざわざ遠回りをした。関わらない。それが最善だと思った。
ある日、どういうわけか、その道を通らざるを得なくなった。夕方だった。空はまだ明るく、人通りもある。なのに、家の前に差しかかった瞬間、体の内側から音が消えた。
背筋だけではない。頭の奥、眼球の裏、爪の間にまで細い針が刺さるようなざわめきが走った。皮膚の内側を誰かに撫でられる感覚。立ち止まってはいけないと直感した。足を動かし続けたが、空き家の窓の奥に、何かが立っている「配置」だけが、はっきりとわかった。
それ以降だ。
町全体の輪郭が、わずかにずれた。
昼間でも鳥肌が引かない。コンビニの自動ドアの前、信号待ちの横断歩道、公園のベンチ。どこにいても、視界の外側に誰かが立っている。振り向いてもいない。だが、立っていることだけは確信できる。
病院に行った。検査も受けた。異常なし。医師はストレスだと言った。俺はうなずいた。説明としては、それで足りる。
だが足りなかった。
例の知人に連絡を取ると、面白がって「遊びに行く」と言った。数時間後、「やっぱり行けない」とメールが来た。
後日、ファミレスで会ったとき、そいつは冗談を言わなかった。
「町全体が、境界の上に乗ってる」
通りを歩くだけで引かれる。神社の結界が歪んでいる。角を曲がるたびに、向こう側の何かが立っている。具体的すぎる描写に、笑えなかった。
数日後、近所の子どもが夜に「空を歩く人」を見たと言い出した。町内会の老人は、神社の鏡がひび割れていると騒いだ。偶然と言えば偶然だ。だが、偶然が重なると、線になる。
俺は町を出た。ひと月後のことだ。仕事の都合という体裁を整え、荷物をまとめた。引っ越し当日、最後にあの道を車で通った。空き家の前で、なぜか信号に引っかかった。
助手席の窓越しに、あの家が見えた。
板で塞がれた窓の一枚だけが、わずかに開いていた。内側の暗闇に、何かがいるかどうかはわからない。ただ、こちらを「数えている」気配があった。
引っ越してから、鳥肌は減った。完全には消えないが、日常に溶け込む程度に戻った。町には今も人が住み、あの家の近くにも新しい家族が越してきたと聞く。
綱引きは続いているのかもしれない。こちらとあちらで縄を引き合い、誰かが真ん中を踏み越える瞬間を待っている。
問題は、どちらが引いているのかだ。
向こう側が人間を欲しているのか。それとも、こちら側が向こうを必要としているのか。
この話を読んだ時点で、あなたは俺と同じ位置に立っている可能性がある。信じるか否かではない。想像したという事実が、細い縁になる。
境界線は、探そうとする者の足元に現れる。
いま、背中に冷たいものが触れていないか。
それがただの空調の風だと、言い切れるか。
[出典:748 :本当にあった怖い名無し:2020/07/13(月) 17:02:12.82 ID:KmfkXDdr0.net]