霊感ゼロの自分が、唯一味わった霊体験です
広島県F市某町、地元の人間なら誰もが知る有名なスポットがある。
『お札の家』と呼ばれたその場所には、名前通り無数のお札が貼られた家がある。
他の噂ばかりのスポットとは違い、そこを訪れた大学の友人は、ほぼ全員が不思議な体験をしたという。
普段霊感のない人にも見えるらしい。
友人の話。
「家の周りだけ、不自然に濃い霧が覆っとったんよ。んで、冗談半分で霧に塩投げたら、いきなりブワッと霧が裂けたんじゃー。流石にヤバ過ぎる思って逃げたった」
どうやら異様な数の霊が集まってくる場所で、見える人によれば、お札に阻まれ家に入れない霊がウヨウヨいる、との事。
『霊感が無くても見えた』
友人のコメントは印象強くて、今でも忘れられない。
霊感の無い自分にとっては、いつか行きたい魅力的なスポットだった。
ふとした日、ファミレスでの食事中にお札の家の話を切り出した。
居合わせた仲の良い先輩と、その彼女、友人柴村はヤケにノリ気、「今すぐ行こう」となった。
元々地元の先輩と彼女は、高校時代に行ったことがあるらしかったが、恐くて車を降りれなかったらしい。
他県からきていた柴村は特にノリ気だった。
話を出した後で少し恐くなり後悔したが、遅かった。
「いや、ホンマにヤバいらしいで?そこ行って一週間寝込んだヤツとか、帰り事故ったヤツとか、普通におるらしいで?」
「今さら何ビビッっとん。俺霊感あるし、子供の頃から普通に霊とか見ようたし、その気になりゃ霊にもキャン言わしちゃるけぇね」
自分は内心、コイツ馬鹿だなーと思っていたが、
「本当に危ない霊がいたらすぐに教える」「お前を先に逃がす」
と言われ、普段から怖いもの知らずで気が強い柴村が同伴するということもあり、お札の家に行く事を承諾してしまった。
時間は大体二十三時を回ったくらい。
心霊スポットに来るには早い時間だったが、お札の家に続く林道は重々しく、暗いってだけで雰囲気があった。
車から降り、「うっわ、やっぱヤメといた方がエエんと違うーっ!?」等とハシャイでいたが、先輩カップルが車から降りて来ない。
「どぉしたんすかー?」
「ルリ子が気分悪いから無理やって。俺も残るわ」
「えぇー!せっかく来たんすから、見るだけ見に行きましょうよー!」
「いやいやホンマにえぇわ。お前ら二人で行ってき」
「何ビビッてんすか。霊なら俺に任しといてくださいよー!」
「うるしゃーわお前!!ルリ子が気分悪い言うとろうが!!調子に乗んな!!」
半分喧嘩になりかけたので慌てて止めに入り、渋々二人きりで行くことになった。
「あーもー何なん!?絶対あの二人、車の中で色い事する気やで」
「こんな所で、それはないじゃろ……てか、お前先輩に態度デカ過ぎ」
「戻ったら思いっきり窓ガラス叩いて、脅かしちゃろうで」
「…………」
呆れて言葉も無かったが、急に視界に飛込んできたバリケードに驚き、立ち止まってしまった。
『ここから先○○市保有地区により立入り禁止』
「……こっからが本番っちゅう事か」
柴村がつぶやく。
有刺鉄線まで使われた、厳重なバリケードだった。
乗り越えることができなかったので、一度林に逸れて、有刺鉄線が途切れた所で乗り越え、また道に戻り先に進んでいった。
今考えると、あのバリケードを越えた瞬間、急に寒くなった気もするし、そんな事は無かった様な気もする。
とにかく空気が変わった、ってことは自分にもわかった。
緊張してしまい、無言で歩く自分。
裏腹に柴村はやたらキョロキョロし、
「あっそこにおるなー。おぉ!アッチにもおるで~」
相変わらずのハシャギ様だった。
ところで、学校の友人から、『お札の家にはダミーがある』という事を、前々から聞いていた。
「あんなー。林道を進むと、まず一件の白い家にぶつかるんじゃ。でも、その家は放置されたホンマに普通の民家じゃけ、その家の横に登坂になった獣道があるけぇ、そこを登らんとお札の家には辿り着けんよ?タマに、その普通の民家をお札の家と勘違いして、そのまま帰ってくるヤツとかおるけぇのー」
そして、そのダミーの家は本当にあった。
柴村にダミーの家の話はしてあったので、二人とも落ち着いて家の横の獣道を目指した。
そこで柴村が、「ちょぉ待って、煙草に火ィ着けるけぇ」と立ち止まった。
なかなか火が着かない。
ボーッと白い家を眺めていた自分は、「ここも中々雰囲気あるなぁ」と白い家に近づいた。
なぜかその普通の民家も、周りをチェーンで仕切られていた。
特に何も感じずチェーンをくぐろうとすると、
「舛岡!」と、柴村に呼び止められた。
驚いて振り向くと、柴村が煙草をくわえたまま目を見開いてコッチを見ている。
何事かワケが分からず動けないでいた自分だが、柴村の視線が自分では無く、自分の背後に向けられている……
と気づいた時、全身に鳥肌が立った。
背筋が凍るように冷たくなったのは、生まれて初めての事だった。
すぐに柴村に向かって走り出したいが、どうにも足が動かない。完全にパニックになっていた。
それを察してかは知らないが、突然柴村が「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」と馬鹿デカい雄叫びを上げ、もと来た道へ走りだした。
その大声に助けられ、自分も我に帰って全力で駆け出した。
林道がやけに長く感じ、絶望的な恐怖感があったが、『後ろを振り返ってはいけない』って、まさに今のこういう状況の事を言うのだろうな、という考えが、頭をよぎったのを覚えている。
ようやく林道を抜け一般道に飛び出し、凄い勢いで車に乗り込んだ。
車に乗り込むと、ただならぬ様子を察知した先輩が聞いてきた。
「どうしたんなお前ら!?何があった!!」
自分はガタガタ震えが止まらず、まともに答える事ができない。
「とにかく早く車出してください……お願いします……すんません……お願いします……」
その場所から離れたい一心で、それしか言えなかった。
怯え方が尋常ではなかったので、先輩もからかったりせず車を急発信させた。
しばらく無言のドライブが続き、先輩の彼女のすすり泣く声が聞こえるだけだった。
不意に背中を、強くバン!バン!と叩かれた。
驚いて横を見ると、満面の笑みを浮かべた柴村の顔があった。
「楽しんでもらえた?」
その一言で全てを理解した。
正直柴村を殴り倒したかったが、怒り以上に安堵感、解放感が溢れてきて一気に体中の力が抜けた。
先輩も状況を飲み込んだらしく、「柴村、お前なぁ~」とミラー越しに柴村を睨みつけていた。
コイツは最悪だ。コイツとだけは二度と心霊スポットには近付かない。
あーでも、良かった~……
先輩も同じ気持ちだったのだろう。
普段、怒りっぽい性格だが、柴村を責める事はあまりせず、彼女をなぐさめていた。
落ち着きを取り戻した車内は一気に明るくなり、柴村があの時の状況を再現するなどして、街に戻る頃には元のテンションでハシャイでいた。
ちょうどコンビニに差し掛かり、先輩が「飲み物買うか」 と言ったその時だった。
「ドン!」
車の屋根から大きな音がして車内が揺れた。
先輩はとっさに急ブレーキを踏んでしまい、後続の車からクラクションが鳴り響いた。
先輩が
「えっ何!?今の何なん??」
とうろたえると、ルリ子さんは、
「とりあえずコンビニ入ろ!後ろの車に迷惑だし!」
と、先輩に言った。
自分にも何がなんだかさっぱりだった。
鳥か何かかな?でも有り得るか、そんな事……
考えている内に、車はコンビニに入った。
急いで車から降り屋根を確認するが、ヘコんでいる様子はない。
携帯のライトで照らしても、傷がついたような跡は見当たらなかった。
「おかしいなぁ。絶対何か落ちてきたよなぁ!なぁ!」
先輩は、びびりながら言った。
みな何が起きたのか全く検討がつかず、車の周りや近くの道路をウロウロしていたら、柴村が降りてきていない事に気づいた。
車に戻り、柴村に「どうした?」と聞くが返事が無い。
うつ向いて少し震えている気がした。
変な胸騒ぎがして強めに肩を揺すって、「おいどうしたんなお前!!」と叫んだ。
柴村はしゃがれた声で、「ついてきとる」と呟いた。
柴村の一言に自分は正気を失った。
「ついてきとるって何なん!?お前あれ嘘だったんと違うんか!!」
柴村は青ざめて震えている。
先輩の彼女も泣き出してしまった。
とりあえず落ち着こうという事で、コンビニで暖かい飲み物を買って与え、少しずつ話してもらった。
「ハナッからヤバかったんじゃ、あの場所は。バリケードあったじゃろ?あれ、わざわざ林の奥まで逸れたのは、有刺鉄線があったからじゃなくて、バリケードのすぐ向こうに、人が立っとったからなんよ……
お前には見えてなかったみたいだから、何も言えんかったけど、あそこで行くのヤメようて言ったら糞カッコ悪いやん。バリケード越えても、霊はウジャウジャおったよ。林の中や林道に立ってた。でも、俺らには何の興味も無さそうに見えたから、何とか平気なフリができたんよ。
……ダミーの家に着いた時、そこにはホンマに霊はおらんかった。やっと安心して、煙草吸おう思ったんじゃ。で、火着けよる間にお前がどっか行くから、お前の方見たらおったんじゃ。髪の長い女が。チェーンくぐろうとしとるお前を見下ろしとった。とっさにお前呼んで逃げようとしたけど遅かった。お前が振り向いた時には、その女がお前の背中に抱きついとった。
そっからはあんまり覚えてない。無我夢中で車に逃げ帰って。下向いてガタガタ震えとった。すぐにお前も乗り込んできたけど、恐くてお前の方向けんかった。でも下向いている俺の視界にも、お前の足元まで垂れている長い髪の毛が飛込んできたんよ。もう我慢できんかった。どうにでもなれと思って、お前の背中を思いっきり叩いたんよ。効くとは思わんかったけど……女はいなかった。……後はわかるだろ?俺嬉しくてさ……」
そう話す柴村の声は相変わらずしゃがれており、全員が絶句した。
力を振り絞って聞いてみた。
「それで……さっきの車の音はその女で、まだ俺に憑いてるっての……?」
「……多分、見えるヤツに乗り換えたか、お前の背中叩いたのがアカンかったか……今俺、鏡とか絶対見たくない……」
柴村は震えているのに、妙な汗をベットリとかいていた。
先輩は心配したが、柴村は自宅に帰ると言って聞かない。
独り暮らしってこともあって心配になった俺は、柴村の家に泊まる事にした。滅茶苦茶怖かったのだが。
柴村のアパートに戻った自分達は、飲む予定で買っておいた酒も飲まず、直ぐ様寝てしまった。
ビクビクして寝るどころじゃないと感じていたが、不思議とすぐに意識が飛んだ気がする。
次に意識が戻った時、洗面所の声から、「ゲェ~~!!ゲェ~~!!」と、何かを吐く声が聞こえた。
急いで洗面所に向かうと、柴村が便器にうずくまって吐いていた。
「大丈夫かっ!?柴村!!しっかりしろ!!柴村っ!!」
叫びながら、夢中で背中をなんどもさすった。
でも、便器の中を覗いて氷ついた。
柴村は血を吐いていた。
飛びそうになる意識を必死で保ち、狂ったように柴村の背中を叩きまくった。
「コノ野郎!!ふざけんな!!コノ野郎!!」
泣きながら、ひたすら柴村の背中を叩き続けた。
寝るために薄暗い豆電球にした部屋の電灯が、風も無いのにユラユラ揺れていたのを鮮明に覚えている。
どのぐらい時間がたったのかわからないが、呼んでおいた救急車が到着し、運ばれる柴村と共に救急車に乗り込み、病院に向かった。
すでに柴村に意識はなかったが、俺の服を掴んではなさなかった。
柴村が救急病院にて治療を受けた後、医者から説明を受けた。
柴村は声帯を損傷しているとの事だった。
ただ、『滅茶苦茶に叫んだ程度ではそうならない』という訳で事情を聞かれたが、俺は答えることができなかった。
翌日から別の病院に入院し、俺は毎日の様に見舞いに行ったが、声帯治療のため柴村は話せなかった。
紙に文字を書いての会話となったが、むなしく、そして悲しくて、あまり多くの会話はできなかった。
もちろん、あの夜の事など聞けない。
しばらくそんな感じで過ぎて行き、もうじき退院というある日、見舞いに行くと柴村がいなかった。
聞けば、昨日退院したということらしかった。
連絡ぐらいよこせよと思いつつ、柴村に退院おめでとうのメールを送った。
ポストマスターからメールが返ってきた。柴村はメアドを変えていた。
嫌な予感がしてあわてて電話するが、番号自体変えていた。
とにかく大学にくるのを待つしかないと思ったが、柴村は来ない。
嫌な予感は的中した。柴村は大学を辞めていた。
総務課で実家の番号を調べて欲しいと頼んだが、辞めた生徒の電話番号を勝手に教えることは出来ないとの事。
完全に連絡をとる手段が途絶えた。
その後約二年間、俺が大学在学中は柴村に会うことはなかった。
後日談
最近柴村と再会した。
キッカケは、同じサークル内の後輩が、柴村と同じ地元だとわかってからだった。
後輩に無理言って、先々週の土日を使って、柴村の地元に案内してもらった。
中学まで良く柴村と遊んだというその後輩は、柴村の自宅も知っており、少々強引かと思ったが、前々から柴村が気になってしょうがない俺は、柴村の自宅を訪れた。
朗らかな感じで背の低い、活発そうな柴村の母親が出てきた。
事情を説明すると驚いていたが、すぐに柴村を呼んでくれた。
玄関に柴村が出てきた。髪を坊主にしていた。
突然の訪問に目を丸くしていたが、「よぉ……」と苦笑いしながら、罰の悪そうな声を出した。
本当に久しぶりに柴村の元気そうな姿を見て、俺は泣きそうになった。
部屋に上げてもらい、色々と話しを聞く事にした。
妙に緊張してよそよそしい会話だったが、柴村は次の様に答えてくれた。
以下、長い話しなので、ポイント毎に要約して書いていきます。
①あの夜何が起こったか
爆睡する自分の横で、ひたすら眠れなかった柴村。眠れなかったというか、柴村は敢えて眠らなかった。
朝まで絶対に気を緩めまいと、固く心に誓ったらしい。
そして深夜、寒くなった柴村は、布団を取りに押し入れを開けた。そこにあの女がいた。
柴村がリアクションを取る間も無く、その女は柴村に重なった。
そこからの意識は飛び飛びだったという。
気づくと便器に向けて「ウゲェー!ゲェー!」吐いていて、「本能的に異物を吐き出そうとしたんかな?」と語っていた。
しかし出てくるのは血ばかり、「自分はここで死ぬかもしれない」と覚悟したらしい。
もう「吐こう」という意識とは関係なく、口から血が溢れてくる。
俺が背中叩いたり名前を呼び続けたのも、覚えていないそうだ。
②何故突然退院したのか。連絡手段を途絶えさせたのか
病院の医師曰く、『畑違い』との事らしかった。
声帯はほぼ完全に治っており、尚も声が出ないのは柴村の意識問題、精神面での傷。
つまり、『ウチの管轄外ですよ』と宣告されたそうだ。
柴村の母親は、クリニックに通いつつの学業復帰を薦めたが、柴村は退院後、大学を辞めて実家に帰ると訴えた。
何と言われようが、絶対に折れなかったらしい。
その後、両親に迎えに来てもらい、柴村は実家に帰った。
「半分狂いかけとったな。でもどうしても、病院やクリニックで何とかなるとは思われんかった」
女は毎日夢に出てきた。以前には無かった、夢遊病の癖もついていたそうだ。
状況が酷くなる前に神社か寺で祓ってもらい、田舎で静かに暮らそうと考えていたらしい。
連絡手段を途絶えさせたのには、ただ「心配させたくなかった」とだけ答えたが、俺は柴村が、全てを忘れたかったんじゃないか、と考えている。
③あの女はどうなったのか
実家に戻る前に両親に全てを打ち明けていた柴村は、両親同伴の元、地元にある大きな寺を訪れた。
驚くことに、寺に着くなり柴村は住職により本堂に案内され、「ここで全てを打ち明けなさい」と言われた。
声の出せない柴村は、紙とペンで全てを打ち明けようとした。
しかし、突然途中でペンが止まった。
あれだけ意識がハッキリしている時に、しかも、呼吸が出来ない程の金縛りにあったのは初めてだったという。
突然柴村が苦しみ出したので、住職達は大急ぎでお祓いを始めたらしい。
しかし目の前が真っ暗になり、数人のバタバタという足音、お経や金属音を暫く聞いて、プツリと意識を失ったらしい。
次に目を覚ますと、寺の客間の布団の上で、住職と両親が側にいた。
住職が話してくれた。
特に強い怨念を残した霊で、憑き方が普通ではなかった。内側から侵食しており、柴村はもう少し遅ければ本当に危なかったとの事。
住職は「中々出て行かないので、こんなモノを使いました」と、木彫の仏さまを見せてきた。
身代わりの効果があるらしく、簡素な作りの人形だったが、柴村にはとても神々しく見えたという。
柴村が声を失ったのにも、意味があるらしかった。
声には力があるらしく、霊が媒体を支配する際にその力を奪う、と言うのは良くある事らしい。
言霊と霊は密接に関係しているそうだ。
お祓いが済んでもまだ声を出せない様子の柴村を見て、両親は心配したが、住職曰く、「もう大丈夫。栄養をとって数日落ち着けば声も出るでしょう」との事。
実際一週間程で徐々に声は回復し、以前通りの生活を過ごせるようになったという。
その後しばらくして、柴村は派遣業者に勤め、無事に今まで過ごしてきたとの事。
柴村はお祓いの後、あの女はおろか一度も霊を見ることがなく、「霊感を無くしてしまった」と語っていました。
身代わりの仏さまに、そういう力ごと封印されたのでしょうか?
とにかく、本当に危ない心霊スポットには、遊び半分じゃなくても近づくもんじゃないって事ですね。
我々に、そういう異界のモノをどうにかできる力なんてありゃしないんだ、と思い知らされました。
(了)