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短編 r+ 不動産・物件の怖い話

玄関の内側 rw+5,024-0418

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この話を口にすると、その場だけ妙に静かになる。

笑い話にして流せる種類ではないのに、最初に聞かせてきた知人は、最後まで他人事みたいな顔をしていた。不動産会社に勤めている男で、高校時代の部活の先輩に拾われるようにして業界に入った。客を連れて行って、部屋を見せて、契約を取る。それだけの仕事だと本人は言うが、扱うものが「人の住む場所」である以上、ときどき変な話が混じる。

その日、店に来たのは二十代後半くらいの男だった。痩せていて、妙に目だけが落ち着いていたという。

「事故物件を紹介してほしいんです」

知人は冗談かと思ったが、男は真顔のままだった。先輩は慣れたもので、資料を何枚かめくり、半年ほど前に入居者が自殺した部屋を案内した。築八年の木造アパート。外階段は鉄骨で、雨が降ると黒く光る。通路の先に問題の一室があり、間取りはありふれた一Kだった。壁紙も床も張り替えてある。むしろ拍子抜けするくらい普通だったらしい。

男は部屋に入ると、玄関で一度だけ立ち止まり、それから奥まで見て回った。

「ここにします」

あまりに迷いがなくて、知人のほうが気味悪くなったという。男の名は巻田といった。

入居して五日目の夜、店に電話が入った。巻田だった。

夜中になると、廊下を誰かが歩いてくる。ゆっくり近づいてきて、自分の部屋の前で止まる。そこで必ず三回、扉を叩くのだという。ドン、ドン、ドン。しばらく待って、また歩き去る。いたずらだろうと知人は言ったが、巻田は、そういう感じじゃない、と何度も言った。

次の電話はその三日後だった。

今度は叩くだけではなかった。深夜二時過ぎ、硬い靴音が階段を上がってきて、通路をまっすぐこちらへ来る。扉の前で止まると、すぐ外で男の声がした。

「いるんだろ」
「開けろ」
「いい加減にしろ」

巻田は声を潜めて電話してきた。知人にもその震えが伝わったらしい。警察を呼べと言うと、通話の向こうで、また三回、扉を叩く音がした。乾いた、重い音だった。

その夜は警察が来る前に消えた。

だが、同じことが続いた。巻田は日ごとに顔色を悪くし、店に来ても背後を気にするようになった。寝不足というより、起きている間にも何かを聞いている顔だったという。

二週間ほどして、知人の携帯に巻田から着信があった。出た瞬間、巻田は囁くように言った。

「今、います」

通話の向こうは妙に静かで、その静けさの中に、コツ、コツ、と一定の間隔の音が混じっていた。通路を歩く音に聞こえた。硬い底の靴が、濡れていない床を踏むような音だった。途中でぴたりと止まり、次の瞬間、扉を激しく打つ音が続いた。巻田が息を殺しているのも分かった。知人は先輩と車に飛び乗り、現地へ向かった。

アパートの前に着くと、二階の通路に男が立っていた。部屋番号は巻田の部屋の前だった。俯いたまま、扉に額がつきそうな距離で立っている。知人が階段を上がる気配に気づくと、その男はこちらを見た。ひどく青い顔で、泣いた後のようにまぶたが腫れていた。

それだけ見て、男は通路の奥へ逃げた。

警察に引き渡されて分かったのは、その男が、そこで亡くなった女性の元恋人だということだった。死後しばらくして精神を崩し、療養していたが、夜になると抜け出していたらしい。女を見かける。後ろ姿だけが前を歩いている。見失わないように追っていくと、必ずあのアパートに着く。そう繰り返し話したという。

知人も先輩も、そこでようやく腑に落ちたつもりになった。変な客に、変な男が重なっただけ。幽霊話ではなく、人間の執着の後始末だったのだと。

だが巻田は、その説明を聞いても納得しなかった。

解約したいと店に来たとき、彼はほとんど眠っていない顔をしていた。知人が「もう来ないはずですよ」と言っても、巻田は首を振るばかりだった。

「あの人が来た夜だけじゃないんです」
「毎晩なんですか」
「毎晩じゃないです。でも、来る日は分かる。玄関の前に立つ前から聞こえるから」

巻田はそこで黙り込んだ。言うか迷ってから、低い声で続けた。

「最初から、廊下じゃなかったんです」

知人は意味が分からず聞き返した。巻田は、部屋の中から始まるんです、と言った。

夜中、台所のあたりで一度、靴音がする。そこから玄関へ向かって歩いていく。狭い部屋の中を、玄関まで。内側で止まって、それから扉を叩く。外から叩いているみたいに聞こえるけど、あれは違う。最初に聞こえる一歩目が、いつも自分の背中側だから分かる。誰かが部屋の奥から玄関へ歩いていって、そこから外へ出ようとしているみたいなんです、と。

知人は何も言えなかったらしい。

巻田はさらに、あの元恋人が通路に立っていた晩のことも話した。その男が来る少し前、部屋の中の靴音は、いつもと違って玄関まで行かなかった。部屋の中央で止まったまま、長いこと動かなかったという。そして外から階段を上がってくる、別の靴音が聞こえた。外の音と、中の音。二つが扉を隔てて向かい合っていた。

どちらも、しばらく動かなかった。

そのあと、外から扉が叩かれた。

巻田はその夜、扉の覗き穴から通路を見た。そこには元恋人の男が立っていた。だが男は扉を叩きながら、下を向いて何度も首を振っていたらしい。まるで部屋の中を見ないようにしているみたいだったと。

契約は打ち切られた。部屋はさらに条件を下げて再募集に出たが、内見まで進んでも決まらなかった。理由は一様ではない。狭い、暗い、駅から遠い。どれも普通の断り文句だった。ただ、一人だけ、帰り際にこう言った客がいたという。

「玄関、外開きでしたっけ」

図面では外開きだ。実際、そうなっている。知人がそう答えると、その客は少し黙ってから、ならいいです、と言って帰った。案内中、その客は一度も靴を脱がなかったらしい。

知人は酒の席でそこまで話して、氷の溶けたグラスを揺らした。

「あの部屋、今も空いてるよ」

何気ない口調だった。だが私は、その先を聞けなかった。

空室情報が出るたび、写真は毎回同じ角度だった。玄関から室内を撮った一枚。奥に小さな台所が見えるだけの、どこにでもある安い部屋だ。

ただ、見れば見るほど妙に引っかかる。

あの狭さなら、玄関まで五歩もいらない。なのに、巻田はいつも「靴音が近づいてくる」と言っていた。台所から玄関まで歩く音ではなく、もっと長い廊下をまっすぐ来るみたいに。

そして、あの元恋人が追っていたものが本当に部屋へ入っていったのなら、叩かれていたのは外の扉だけではないのかもしれない。

中にいる何かが、外へ出ようとしていたのか。
それとも、帰ってきた何かを、中に入れまいとしていたのか。

いまでも空室のままだという話だけは、途切れず残っている。

(了)

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