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骨噛みの継承者 r+5,474

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祖母の葬式の日のことだ。

あれから随分経つけれど、あの瞬間の映像は今でも腐らず、頭の中でピクリとも動かず、ずっとそこにある。

私がまだ小学生だったころ。父方の祖母が亡くなって、町の外れにある古びた斎場で葬式が執り行われた。外観は倉庫のようで、木の柱は煤けていて、棺を運び出すとき、天井裏から何かが落ちてくるんじゃないかと怖かった。

父は次男。けれども、その場には、長男――つまり私にとっての叔父――も来ていた。
彼のことは、その日まで見たことがなかった。祖母が亡くなったというのに、父の表情に悲しみは少なかった。その代わり、祖母と同じ墓に叔父が入ることを恐れているような、そんな張りつめた空気をまとっていた。

あとから聞いた話では、叔父はかつて莫大な借金をこさえて、それをすべて実家に押しつけて夜逃げ同然に消えたのだそうだ。父はそれを「裏切り」と呼んだ。あいつはもういない人間なんだ、とも。

にもかかわらず、彼はひょっこり現れた。ずっと縁を絶っていたくせに。奥さんらしき女を連れて。

奥さんは……言ってしまえば、ただの普通の中年女性だった。ベージュのスーツ、落ち着いた化粧、礼儀正しいがどこか他人事のような顔。けれど叔父の方は、違った。

最初に見たときから、肌の色が妙だった。灰色っぽい土のような、血が巡っていない感じ。髪は肩まで伸びていて、目の奥が濁っていた。まるで誰かの死体から拾ってきた眼球をそのまま使っているような、そんな目だった。

誰にも挨拶せず、喪主の父の顔も見ない。ただ座って、棺の中の祖母の顔をじっと見つめていた。舌で唇をぬぐうような仕草を、私は見逃さなかった。

焼き場に移ったのは、その日の昼過ぎだった。夏だったが、風が強くて、火葬場の煙がゆらゆらと空へ登っては千切れ、また集まり、蛇のような形をつくった。

火葬が終わって、収骨のとき。私は小さな骨壺のそばで、母のそばにくっついていた。銀色の箸で、熱の残る骨を拾って壺へ入れていく儀式。小さな手には重く感じられた。

ふと、なんとなく叔父のほうを見た。理由はない。ただ、空気が変わったような気がして、そちらに顔を向けた。

そして、見た。

叔父が、祖母の骨を口に入れるのを。
確かに、自分の手で拾ったその骨を、口元に持っていき……ゆっくりと、噛み砕いた。
バリ……ボリ……という音は、私には聞こえた気がしたが、周囲の大人たちは気づいていなかった。

口の端から、白い欠片がこぼれて、ぬぐいもせずに舌で舐め取った。
そのとき、彼の視線が私とぶつかった。

目が合った。
私が見ているとわかって、彼は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに目だけで左右を確認し、ニヤ……と笑った。
あれは間違いない。笑っていた。

頭が真っ白になった。体が硬直した。母の服の裾を握っていた指がじんじんと痛んだ。

声も出せなかった。
その日から、私は叔父が何者なのか、何をしているのかを考えるようになった。けれど、誰にも言えなかった。
そんなことを言えば「夢でも見たんだろう」と返されるのは目に見えていたし、なにより、あの視線が脳裏に焼きついていて……思い出すだけで息が詰まる。

何年も経って、大人になった私は、あの出来事が一体何だったのかを調べ始めた。

すると、「骨噛み」という風習があることを知った。
古い地方では、故人の骨を噛んで飲み込むことで、その人の魂を体に取り込み、思いを継ぐ儀式が行われていたという。病気治しや、家の力を受け継ぐ行為。死者への愛情の表現。人の本性。

……そういう理屈が、たくさん出てきた。

けれど、私の記憶の中の叔父は、そんな敬意など持っていなかった。彼のあの目つき。あの顔つき。
食っていたのは、母の骨じゃない。
あれは、獲物を噛む顔だった。自分の中に何かを取り込むためでも、癒すためでもなかった。
ただ、噛みたかったんだ。
白い骨の、内側の髄にある何かを。

先日、久しぶりに父の実家を訪ねる用事ができた。法要の関係だった。
仏間に上がると、仏壇の脇に妙な写真が飾ってあった。

古い白黒写真で、画質が荒いが、見覚えのある顔だった。
祖母のものではない。叔父に、よく似た……というか、同じ顔。

聞いてみると、それは「ひいじいちゃん」だという。
満州から復員して、二十代で亡くなったそうだ。けれど、その顔はまるで、先日の夢で見た叔父の顔と同じだった。

いや、夢じゃない。
その晩、私はうなされた。

叔父が夢の中に立っていた。黒い喪服のまま、真っ白な部屋の中央に、まっすぐに。
そして、祖母の骨を噛んだのと同じ仕草で、自分の腕をくわえ、ボリボリと食っていた。

私に気づくと、笑った。
口の中、奥歯の隙間から白い骨が見えた。
口の端から血が垂れていた。

「次はお前だよ」
確かに、そう言った気がする。耳元で囁かれたように。

目が覚めると、腕に歯形が残っていた。

もしかしたら、あの日、あの瞬間、何かを受け継いでしまったのは、あの人じゃなくて――私なのかもしれない。

そして、それをずっと待っているのかもしれない。

あの目で。

……まだ、ずっと。

[出典:868 :本当にあった怖い名無し:2015/02/18(水) 13:40:52.80 ID:wY4oBNWw0.net]

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