職場の休憩室で、何気ない雑談の流れから、私は自分の過去の話をした。
子どもの話だ。
「ちょっと不思議なことがあってね」と前置きしてから話し始めたのに、話し終えたあと、なぜか私は妙な後悔に襲われた。口に出したことで、何かの均衡を崩したような感覚が残ったからだ。
私は四十代で、三人の子どもがいる。七歳の長男、六歳の長女、四歳の次女。どの妊娠にも、説明のつかない出来事があった。ただ、それを「奇跡」と呼ぶ気にはなれない。もっと曖昧で、もっと輪郭のぼやけたものだ。
最初の違和感は、末っ子がまだ存在していなかった頃に遡る。
四年前の午後、上の二人は三歳と二歳。リビングで走り回る音を子守唄のように聞きながら、私はソファに横になっていた。テレビはつけっぱなし。疲労で瞼が重くなり、ほんの一瞬だけ意識が沈んだ。
そのとき、強烈な既視感に貫かれた。
「これ、前にもあった」
そう確信するほどの鮮明さだった。
十年前、独身で地方出張をしていた頃。仕事に追われ、週末は一人きりのアパートで倒れるように眠っていた。あの日も、リビングでうとうとしていた。
ふいに、子どもの笑い声が聞こえた。
甲高い、弾むような声。二人か三人。走る足音まで混じっていた。最初は窓の外だと思った。だが違う。すぐ横だ。耳元だ。部屋の中を、誰かが駆け回っている。
私は一人暮らしだった。鍵も閉めていた。
体は動かなかった。だが恐怖はなかった。代わりに、奇妙な懐かしさがあった。目を開けると音は消えた。ただ、空気の震えだけが残っていた。
あれを私は、忘れていた。
三歳と二歳の子どもたちが同じように笑い、同じように走り回る音を聞いた瞬間、その記憶が裏側から浮かび上がったのだ。まったく同じ音だった。重なり合うように。
あのとき、すでに聞いていたのか。それとも、今の音が過去を書き換えたのか。順序が曖昧になる。
次の出来事は、末っ子を授かる直前だった。
私は子宮内膜症を患っていた。薬は効かず、医師からは排卵を止める治療を勧められていた。三人目を望んでいたが、身体は限界だった。痛みは容赦なく、希望は計算通りに裏切られる。
夫と話し合い、「もう諦めよう」と決めた夜のことだ。
眠りに落ちる直前、意識がほどける瞬間に、身体が内側から満たされる感覚に包まれた。光でも声でもない。ただ、圧倒的な充足。何かが確定した感触。
私はそのまま眠った。
朝、夫と顔を見合わせて笑った。「いい夢だったね」と言い合った。それ以上、深く考えなかった。
一週間後、妊娠がわかった。
日付も理屈も合わなかった。計算では不可能に近かった。医師も首をかしげた。だが事実はそこにあった。
「来るべくして来た」
私はそう思うようにしている。
最後は長女の言葉だ。
五歳のある日、彼女は突然言った。
「ママを選んだのはね、やさしくて可愛かったからだよ」
私は笑いながら否定した。すると彼女は、妙に落ち着いた声で続けた。
「でもね、マミは一回じゃわからないことがたくさんあるの。だから、いっぱい教えてくれるママのところに来たの」
その口調は、どこか観察者のようだった。
「雲の上で遊んでたの。兄妹も一緒。みんなで“いつ行く?”って決めてたの。やっと来れたとき、ママにありがとうって言ったよ」
私はその話を否定できなかった。
けれど同時に、別の考えが浮かんだ。
もし選ばれていたのが、私ではなかったらどうなっていたのだろう。もし彼女が「来る」のをやめていたら。あるいは、まだ来ていない誰かがいるとしたら。
三人の子どもは、私の前に現れた。
だが、それが「最初」だったのかはわからない。
十年前に聞いた声は、未来の記憶だったのか。それとも、すでに存在していた何かの残響だったのか。順番は逆でも成立する。時間は、思っているほど一方向ではないのかもしれない。
休憩室で話し終えたとき、同僚の一人が笑いながら言った。
「素敵な話だね」
私は頷いた。
だが帰宅して、リビングで子どもたちの足音を聞いた瞬間、背中に冷たい感覚が走った。
三人分の音に、もう一つ、微かに混じっていた気がしたからだ。
数え間違いかもしれない。
聞き間違いかもしれない。
それでも、耳を澄ます自分がいる。
もしかすると、まだ「来ていない」だけなのかもしれない。
あるいは、もう一度、選ばれているのかもしれない。
音は、今もときどき増える。
私が気づいたときだけ。
[出典:800 :本当にあった怖い名無し:2015/05/10(日) 06:25:49.43 ID:qBFYWh2c0.net]