若い頃の、不思議という言葉では済まない体験がある。
二十年以上前、都内の駅前にあった居酒屋でのことだ。平日の夜、友人三人と飲みに行った。店はそこそこ混んでいて、俺たちは座敷に通された。俺は三回目、友人の一人は常連で、店員と軽口を叩いていた。
しばらくすると、友人たちが揃って眠いと言い出し、うつらうつらし始めた。酔いのせいだろうと思い、俺は一人でトイレに立った。
戻る途中、突然知らない女に腕を掴まれた。
お願い、ちょっと来て。
有無を言わさず引っ張られ、奥へ進む。暖簾をくぐると個室座敷があり、大学生くらいの男女が五人いた。俺を見るなり、待ってました、と声が上がる。
知らないと言うと、女は真顔で言った。
ご飯を三杯食べてください。

説明は断片的だった。今はゲームの途中であること。彼女はもう食べられないこと。助っ人を呼ぶのはルール違反ではないこと。負けると、男の一人に何かされること。
冗談に見えなかった。酒が回っていたのと、腹が減っていたのもあって、俺は引き受けた。
テーブルには白飯と、肉じゃがや唐揚げ、生姜焼きが並んでいた。俺は三杯食べた。歓声が上がった。
それで終わりだと思ったら、もう一人助けてほしいと言われた。限界だったが、山盛りにして三杯、無理やり胃に詰め込んだ。
立ち上がると、六人が一斉に頭を下げた。ありがとうございました。
意味は分からなかったが、気にするなと言って席を立った。
元の座敷に戻ると、友人たちは目を覚ましていた。どこ行ってた、と言われ、帰り支度になる。さっきの話をすると、常連の友人が言った。
奥に個室なんてないぞ。
その場では笑って流した。だが、帰り道で腹が異様に重くなり、吐き気がした。家に帰ると、何も食べていないのに、腹いっぱいで眠れなかった。
一、二か月後、駅前の再開発でそのビルは取り壊された。
それから年月が経った。引っ越し、結婚し、友人とも疎遠になった。だが、ある日の夜、理由もなく急に満腹感が戻ってきた。何も食べていないのに、あの夜と同じ重さだった。
その直後、知らない番号から電話が鳴った。
出る前に切れた。留守電には、何も入っていなかった。
ただ、履歴に残っていた着信時間は、あの居酒屋に入った時刻と、ぴったり同じだった。
それ以来、たまに同じ満腹感がくる。決まって、理由はない。
誰かに、まだ助けられているのかもしれない。
(了)
[出典:415 :本当にあった怖い名無し:2015/07/14(火) 00:36:17.35 ID:ibE4BUul0.net]