中学三年の、秋の終わりだった。
放課後、五人で誰かの家に集まるのが習慣だった。クラスはばらばらだったが、塾までの空白を埋めるにはちょうどよかった。菓子を広げ、テレビをつけ、漫画を回し読みする。時間はいつも同じ速度で流れ、同じ夕方が何度も繰り返されるような、安心しきった日々だった。
その日はAの家だった。二階の六畳の和室。畳の匂いと、どこか湿った木の匂いが混じっている。ふすまは閉め切られていた。テレビの前にAとK。壁にもたれてY。Sは菓子袋を抱え、僕は腹ばいで漫画を読んでいた。
午後五時過ぎ。外からは夕飯の支度の匂いがかすかに漂ってくる。
Yが立ち上がった。何も言わず、ふすまを開けて出ていった。一階のトイレだろう。ふすまが閉まる音は、やけに軽かった。
それからどれくらい経ったのか、思い出せない。
ふすまが開いた。
Yが戻ってきて、「ただいま」と言った。
Aがテレビを見たまま「おう」と返した。
いつも通りの光景だった。誰も振り向かなかった。僕も漫画から目を上げなかった。
その直後、もう一度、ふすまが開いた。
同じ音。同じ速さ。
同じ位置から、Yが顔を出し、「ただいま」と言った。
Aが、同じ調子で「おう」と答えた。
間がなかった。一度目と二度目のあいだに、時間がなかった。
ようやく全員が顔を上げた。部屋の空気が、音もなく張りつめていた。
「……今、二回目?」
Sが笑い混じりに言った。Kも声を上げた。「二回目だよな」
不思議と、怖さはすぐには来なかった。むしろ、何か珍しいことが起きたという高揚感のほうが強かった。僕も笑っていたと思う。Yも困ったように笑っていた。
だが理屈が合わない。ふすまを閉めて、もう一度開けるには、わずかでも時間が要るはずだ。二度目は、閉める動作を挟まずに起きたようにしか感じられなかった。
Aは確かに二度、横目でYを見ている。僕らも、二度目をはっきり目撃している。
それなのに、自分の動作については何も覚えていない。漫画のページは同じだったのか、菓子は減っていたのか、テレビの場面はどうだったのか。誰も確認しなかった。
ただ、出来事だけが、重なった。
その夜、布団に入ってから、急に息が詰まった。笑い話で済ませたはずなのに、胸の奥がざらついている。
幽霊ならまだいい。何かが入り込んだのなら、まだ理解できる。
だがあれは、そうではない。世界の縫い目が一瞬ずれ、同じ場面が重なった。僕らはその重なりの中に、違和感なく立っていた。
翌日、Yは何度も「あれはわからない」と繰り返した。
「最初に開けたとき、ちょっと部屋が暗かった気がする」とも言った。
その言葉を、誰も拾わなかった。拾えば、何かが確定してしまう気がした。
あの日から十年以上が過ぎた。五人はばらばらになり、連絡もほとんど取っていない。
だが夕方になると、ときどき思い出す。
ふすまが二度開く音。
重なる「ただいま」。
もしあのとき、最初に戻ってきたのが本当にYだったのなら、二度目は誰だったのか。
あるいは。
僕らは最初のほうに残っていて、戻ってきたのは、別の夕方だったのか。
今でも、ときどき思う。
あの日、僕たちは一度だけでは足りず、同じ夕方をもう一度、何も知らずに受け取ってしまったのではないかと。
そして、どちらの夕方が本物だったのかは、まだ決まっていないままだ。
[出典:469 :あなたのうしろに名無しさんが……:02/10/15 02:00]