盆休みに有給を組み合わせる形で、中学時代の友人と会社の先輩、そして私の三人で北海道を旅する計画を立てた。
旅程は十一日間。車一台とバイク一台を駆使し、男たちだけで節約を意識した冒険的な旅路を辿ることとなった。予算こそ限られていたが、その制約は冒険心を抑えるには至らなかった。
しかし、初日から波乱の幕開けとなった。台風の影響を受けた荒れ狂う海により、フェリーは大揺れの中で苫小牧港に到着。港の寒さに震えながら荷物を確認し、体を温めるために近くのカフェに駆け込んだ。熱いコーヒーの香りに少し心が落ち着いたが、旅の緊張感はまだ残っていた。その後、苫小牧の町を少し散策し、小さな商店で地元の名物である「ホッキカレー」を味わった。意外な美味しさに元気を取り戻した私たちは、一息つく間もなく次なる目的地を目指して移動を開始した。だが、苫小牧以降の旅路ではさらなる驚きと予期せぬ出来事が待ち受けていた。道中で見た広大な牧草地や、遠くにそびえる山々の荘厳さには心を奪われたものの、天候の不安定さが旅を一層スリリングなものにしていた。
六日目、旅は折り返し地点を迎えた。長い旅路の疲労感はあったものの、それ以上に達成感が胸を満たしていた。道東の海岸線を突き進む中、遠くに根室の町並みが見えてきた瞬間、何とも言えない高揚感が込み上げた。小さな港町の佇まいと、その背後に広がる青い海が心を和らげた。やがて私たちは根室に到着し、その静かな町の空気にしばし浸った。
当地の花咲港では名物のハナサキガニを堪能し、納沙布岬では日本最東端の地に立ちながら、北方領土に属する歯舞群島を双眼鏡で望んだ。監視塔や銃を構える兵士の姿が視認できるその光景には、異国との緊張感が如実に表れていた。風が冷たく、海の荒波が耳に響く中、私たちはしばし無言でその景色を見つめた。その夕刻、私たちは肩を並べ、美しく沈む夕陽を黙したまま見送った。その光景はまるで時間が止まったかのようで、心に深く刻まれた。
夜が更け、観光案内所で宿を探していると、一台の軽トラックに乗った漁師風の男性が現れた。「それならうちがぴったりだ」と親指を立てながら笑みを浮かべるその姿は、頼もしさを感じさせた。その仕草は、映画『プラトーン』に登場するバーンズ軍曹を彷彿とさせるが、男性特有の人懐っこい雰囲気が独特だった。
この男性は漁師兼民宿の経営者で、少しの追加料金でハナサキガニを用いた夕食を提供すると提案した。私たちはその申し出を快く受け入れ、その夜は久しぶりに布団で眠るという快適さを享受することができた。屋根の下で眠る安心感は、熊への警戒を余儀なくされるテント生活とは比べものにならなかった。
宿の部屋は質素ながらも清潔で、窓からは漁港が一望できた。港には漁船が並び、かすかな潮の香りが部屋に漂っていた。男性との夕食の席では、彼が語る地元の歴史や漁業の現状に耳を傾けた。彼の話ぶりからは、自然と共存する厳しさと誇りが伝わってきた。
ただし、条件が一つだけ提示された。翌朝午前二時に起床すること。男性は「すごいところ」へ連れて行ってくれると語った。指定された時間、眠気を振り払いつつ軽トラックの荷台に乗り込むと、車は港へと向かった。準備万端の船が夜の闇を切り裂いて進み出す中、男性は突然「ショートカットする」と宣言。そのルートは、他国が実効支配する日本固有の領土の至近を通過するものだった。
私たちは急ぎ引き返すよう懇願したが、男性はそれを笑い飛ばした。「この辺りは擦れていないからカニが豊富に捕れるんだ」と自信を覗かせた。船には高出力エンジンと防弾鉄板が備え付けられており、選択肢は実質的に存在しなかった。私たちは意を決し、状況に従う他なかった。途中、海の上からは見渡す限りの星空が広がり、暗闇に輝く光景が私たちの不安を一時的に和らげた。
やがて夜明けを迎えた。薄暗い空が徐々に赤みを帯び、水平線が金色に輝き始めた頃、太陽が顔を覗かせると、辺り一面が眩い光に包まれた。水面は黄金色の波紋を作り、静かな波音がリズムを刻んでいた。海鳥たちが優雅に飛び交い、遠くで漁船のエンジン音がかすかに聞こえる。
その壮大な朝日を目にした瞬間、私たちはただ立ち尽くし、言葉を失った。それは私たちの位置を忘れさせるほど美しく、心を圧倒する光景だった。その後、船上で男性特製の朝食を堪能していると、波間に白い生き物を発見した。初めはゴマフアザラシかと思われたが、それは耳を持つ白ウサギだった。驚いたことに、そのウサギは立ち上がると波間を疾走し始めた。
続々と波間から現れるウサギたちは列を成し、何処かへ向けて走り続ける。この異様な光景に、男性は突然青ざめ、「ウサギが立った!大津波が来るぞ!」と叫んだ。
アイヌの伝承によると、「海でウサギが立つ(イセポ・テレケ)」現象は、自然界の異変を知らせる兆しとされており、その最たる例が大津波の前触れだという。古くから、この現象を目にした人々は一刻も早く安全な場所へ避難するよう戒められてきた。
男性はすぐさま船を港に引き返し、私たちも宿へ急いで戻った。幸い津波は発生しなかったものの、ウサギたちの姿と伝承が醸し出す不気味さは私たちの胸に深く刻み込まれた。
その後、私たちは地元の博物館で伝承にまつわる資料を調べ、ウサギの奇妙な行動が大自然の予兆として語り継がれていることを知った。旅の終盤には、山間部を越え、広大なラベンダー畑を見学し、自然の力とその美しさを改めて実感した。
今回の旅は単なる観光旅行の枠を超えるものであった。奇妙で不可思議な出来事に彩られたこの経験を通じて、北海道という地が持つただの美しさを超越した、得体の知れない力を実感させられたのである。その力は、人間の手に負えない大自然の脅威と、そこで生きる人々のたくましさを物語っていた。
[出典:194 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @\(^o^)/:2015/08/30(日) 01:39:58.54 ID:AgCPeYID0.net]