とある夏のキャンプでの話。
1年前、大学の夏休み直前、高校時代からの友人・江崎から電話があった。「久々に集まって何かしようぜ」ってことで、高校時代の仲間4人、俺、江崎、小林、青山で、江崎のアパートに集まった。特に何をするかも決まらずダラダラ話していると、青山が唐突に「グーグルマップで適当に見つけた山にキャンプ行かね?」と言い出した。
いつもなら「はぁ?」となるはずだが、俺たちはそのアイデアに何故か乗ってしまった。適当に山を選んで、誰も知らない中国地方の人里離れた山奥を目的地に決定。川沿いの開けた場所が映っていて、キャンプ地としては完璧に見えた。
出発の日。青山がバイトで買ったオンボロ軽に乗って、俺たちはその山奥へ向かった。スーパー銭湯で食事と風呂を済ませ、公園のベンチで一夜を明かし、翌朝に3日分の食料や水を買い込み、車を走らせた。しばらく山道を進むと、携帯の電波が途絶えたが、運よく迷わずに目的地へ到着。
現地はグーグルで見たよりも良い場所だった。清流のそばで、広々とした快適な場所。さっそくキャンプの準備を終え、昼過ぎには設営も完了した。特にやることもなく、川で遊んでいると江崎が「周りを探索してみないか?」と言うので、俺たちは川を渡り、砂利道を進んでみた。
しばらく進むと、森の中に突然、白いコンクリートの小さな建物が現れた。1階建てで管理事務所のようにも見えるが、周りに人の気配もなく、窓はブラインドで閉ざされ中は見えない。「なんだ、これ?」と誰も正体がわからない中、江崎がドアを開けると、鍵がかかっておらず普通に開いた。ちょっと怖い感じもしたが、俺たちは興味本位で中に入ることに。
建物の中は埃まみれで、中央に地下へ続く階段があった。4人とも少し怖くなっていたが、引き返すのも気が引けて、暗い地下へと降りることにした。階段の先は6畳ほどの部屋で、中央にはなぜかバスタブがぽつんと置かれている。中を覗くと、何かを燃やした痕跡があるだけで、他に何もなく、俺たちは拍子抜けしながら戻ることにした。
キャンプ地に戻ると夕方5時近く、夕食を終え、焚き火を囲んで話していると、小林が背後を気にしている。尋ねると、何かの視線を感じると言う。気のせいかとも思ったが、青山も「さっき俺の後ろに人がいるような気がした」と話し、俺も昼間に感じた気配を思い出していた。さらに江崎も視線や気配を感じると言い、全員が妙な感覚に包まれていた。
不気味さに耐えきれず、俺たちは「車で一旦下りよう」と決意。テントをそのままにして車に向かおうとしたその時、風に混じって人の声のようなものが聞こえてきた。耳を澄ますと、それは何かの歌のように聞こえ、恐怖がさらに増していった。
車に向かう途中、突然小林が叫びながら川の方へ走り出した。俺たちは慌てて後を追い、無我夢中で走っていると、俺は足を踏み外して窪みに落ちてしまった。痛みをこらえながら起き上がり、暗闇の中で1人取り残されたことに気付く。焦りつつ「江崎!小林!」と叫ぶが返事はない。
その時、背後に気配を感じ、風に乗って例の歌声が再び聞こえてきた。歌声はどんどん近付き、ついには息遣いを感じるほどだった。振り向いても何も見えないが、何かがすぐ後ろにいると確信した俺は、恐怖心に駆られて無我夢中で逃げ出した。
暗闇の中を必死に走り、やっと舗装された広い道路に出ると、後ろから車の音が聞こえてきた。助かったと思い、車道に飛び出して「助けてください!」と叫ぶと、車が急ブレーキをかけて止まった。しかし車から降りてきた男性は俺の背後を見た途端、青ざめて車に戻り、逃げるように去っていった。背後に何かがいる、それだけは理解できたが、恐ろしくて振り向けない。強烈な腐臭と共に歌声がまた近付き、体が震えた。
体勢を崩した拍子に足のつかみが外れ、俺は再び走り出した。走り続け、やがて携帯の電波が戻り、江崎からの着信を受け取った。どうやら3人も無事で、近くの資材置き場にいるとのことだった。無我夢中で合流し、俺ははぐれてからの出来事を伝えると、小林も「俺も同じものを見た」と呟いた。ただ、何を見たかの記憶が曖昧で、恐ろしい存在だけは覚えているという。
翌朝になり、俺たちは恐る恐るキャンプ地に戻った。荷物をまとめようとテントを開けると、中からあの強烈な腐臭が漂ってきた。テント中央には煤けた跡があり、異様な気配を感じながらも荷物を取り出し、その場を後にした。
ふもとで地元の人に話を聞いても、この山には何のいわくもなかった。結局、あの夜に見たものや体験した出来事は謎のままだ。俺は今でも、あの暗闇の中から何かが聞こえてきそうな気がする時がある。
これが、1年前の出来事の全てだ。