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笑わない村 rw+1,500

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祖父の言葉を、今でもはっきり覚えている。

「にやりにやりに会わんようにな」

意味は分からなかった。ただ、語尾だけが妙に軽く、冗談とも忠告ともつかない調子だった。

あの年の夏、私は従姉妹たちと近くの神社の夏祭りへ行った。山に囲まれた小さな集落で、夜店の数も少ないが、年に一度だけ境内が賑わう日だった。

焼きトウモロコシを買い、人混みに押されながら拝殿の方へ進んだ時、奉納された絵馬が目に入った。馬の絵が描かれた、ごく普通の絵馬だ。次の瞬間、その馬の目がこちらを向いた気がした。

見間違いだと思った。だが、視線を逸らせない。馬の口元が、ゆっくりと歪んだ。歯は描かれていないはずなのに、確かに笑っていた。

声が出なかった。隣にいた従姉妹に必死で伝えたが、「ただの絵馬だよ」と首を傾げるだけだった。怯える私を見て、従姉妹は帰ろうと言い、手を引いてくれた。

その時、従姉妹の浴衣の帯に差してあった団扇の中央に、細い赤い線が浮かび上がった。線はゆっくりと裂け、口の形になり、にやりと笑った。

頭の中が真っ白になった。振り返る余裕もなく、私は境内を走り出した。視界に入るもの全てが、次々と笑い出す。

お面屋の狐面、たこ焼き屋の看板の蛸、子供が手にした風船、屋台に並ぶぬいぐるみ。どれも口元だけが歪み、同じ笑い方をしていた。

石段を駆け下りる途中、狛犬がこちらを見た。石のはずの口元が、確かに動いた。そこでようやく声が出て、泣き叫びながら家まで走った。

暗い道では下を向くことしかできなかった。息が苦しくなり、手に握りしめていた焼きトウモロコシに気づいた。空腹に耐えきれず、顔を近づけた瞬間、粒が黒く変色した。一粒一粒に小さな口が開き、無数の笑みが重なった。

そこからの記憶はない。

気がついた時、私は布団の中にいた。祖父母や従兄弟たちが心配そうに覗き込んでいた。祖父は何も言わず、私の顔をじっと見てから、短く息を吐いた。

「あれはな……」

そこで言葉を切った。何か言いかけて、やめたように見えた。

後日、従姉妹に聞いた。あの夜、他に何か変わったことはなかったか。従姉妹はあっさりと答えた。

「時々出るよ。登下校の時とか」

ランドセルの留め金が笑っていたり、教室の時計が歪んで見えたりすることがあるらしい。でも、騒ぐほどのことではないと。

「みんな気にしないからね」

その言葉を聞いた時、なぜか背中が冷えた。私以外にも見ている人間がいる。それなのに、誰も話題にしない。

後になって知った。集落ではそれを「にやりにやり」と呼ぶらしい。意味や由来を詳しく語る者はいなかった。ただ、昔からそう呼ばれているというだけだった。

それ以来、私は二度と見ていない。夏祭りも、神社も、あの集落自体も。

ただ一つだけ、今でも思い出すことがある。あの夜、境内で笑っていたものたちは、こちらを追いかけてくる様子はなかった。ただ、その場に留まり、同じ表情で見送っていた。

まるで、こちらが勝手に逃げていっただけだと言わんばかりに。

(了)

[出典:176 名前:雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] :04/09/27 22:38:25 ID:yrDc/s+P]

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