あれは、まだ俺が二十代後半で、現場作業員としてあちこちの工事を渡り歩いていた頃の話だ。
勤めていた会社が地下鉄工事を請け負って、俺はその現場に配属された。
工事開始から数日。ショベルの爪が地面を削るたび、何かが混じって上がってくる。
最初は白い石かと思った。それがどう見ても……骨だった。
肋骨、指の関節、頭蓋の破片。バケツ一杯、ざらざらと。
誰かが現場監督に声をかけると、その場が一気に静まり返った。
すぐニュースになり、警察と役所が調査を始めた。
話によると、そこは戦前は寺が立ち並び、墓地が幾つもあった土地だという。
その地層の奥底を、俺たちは掘り進めていたのだ。
数週間後、調査が終わり、工事は再開された。
最初のうちは何事もなく進んだが、ある日、先輩が土留めの前に立ち、何か小声で繰り返し呟いていた。
「何やってんすか」と声をかけても、返事はない。
肩を叩くと、ビクリと体を震わせ、真っ青な顔で俺を見た。
「須藤……お前、子供見なかったか?」
「子供? いや、見てないっすよ。幽霊でも見たんですか」
冗談のつもりだった。だが、先輩の眼の奥は、冗談を受け取れる余裕など欠片もなかった。
やがて、その「子供」を見たという話は、俺以外の職員からも聞くようになった。
ほとんどの者が同じ特徴を口にした――作業着の隙間から覗く、小さな顔。だが、全身は決して見えない。
そんな空気が続く中、事故が起きた。
鉄筋工事の職人が、三十五メートル下に資材を降ろす作業をしていたときのことだ。
開口部はスタンションで囲い、鋼管で固め、落下防止の設備も万全のはずだった。
それなのに、一本の鋼管が、ありえない外れ方をして落下し、真下にいた作業員の頭部を直撃した。
外傷は不思議なほどなかった。だが、ヘルメットは粉々に潰れていた。
俺は世話役と一緒に救急車で同乗し、最寄りの病院に運び込んだ。
そこで医者が淡々と言った。
「……手の施しようが無い。この子、ドナーカード持ってるね」
耳に引っかかった。「この子」という呼び方もそうだが、あまりに早すぎる結論だった。
俺は親族に連絡しようと必死になったが、繋がらない。
医者は続ける。
「一刻も早く親族に連絡して。そうすれば他の命を救える」
唐突に、背筋が氷のように冷たくなった。
言葉の裏に、妙な「急ぎ」がある気がした。
俺は判断を変え、別の大学病院へ搬送することを提案した。
そこでは権威ある医師が直ちに診察してくれた。
「あ……ただの脳震盪だよ。すぐ目を覚ますから大丈夫」
言葉が耳に残った。
もし、最初の病院で脳死と診断されていたら――どうなっていたのか。
病院の奥の事情なんて、外からじゃ分からない。考えたくもない闇があるのかもしれない。
その事故の後、俺と先輩は別の現場に異動になった。
私鉄の高架橋の工事だ。駅に隣接していて、朝夕は女子高生や会社員の視線を感じるような場所だった。
あの地下の重苦しさから解放され、少し気が楽になった……はずだった。
ある早朝、線路のたわみを測量していたとき、突然先輩が硬直した。
次の瞬間、線路脇で何かがぶつかる鈍い音が響いた。
人が飛び込んだらしい。俺は直接見なかったが、距離はほんの数メートル先だった。
先輩はその場で腰を抜かし、失禁して動けなくなった。
所長に呼ばれ、駅員と一緒に遺体を回収することになった。
終わってから、先輩が覗き込んでいたレベル(水準器)を片付けようとしたら、そこから見える景色は、ちょうど遺体が横たわっていた場所と重なっていた。
まるで、その一点だけを最初から測らされていたように。
それから二週間、先輩は仕事に来なくなった。
一年後、正式に退職したとき、俺にだけこんなことを言った。
「……俺があの地下鉄の現場から連れてきちまったんだ。あいつが引っ張ったんだ」
あれから十年近く経つが、俺はまだ、その言葉の意味を完全には理解できていない。
ただ、ひとつだけはっきりしている。
先輩が地下鉄現場から持ち帰ったのは、あの白い骨でも、小さな顔の記憶でもない。
生きている人間を、死の側へと確実に押しやる、目に見えない何かだった――。
[出典:2003/06/20 09:18]