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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

最初からあった刃 rw+5,989

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二十年前の夏、まだ美容師見習いだった頃の話だ。

当時、私は日本の五大都市の一つで修行していた。朝から深夜まで働き、休みはほとんどない。年に二回だけ、お盆と正月に数日間の休暇が与えられる。故郷は近く、いつでも帰れた。だからその年のお盆は、寮の先輩に誘われ、彼の地元へ行くことにした。

最後の客を終えたのは夜十一時を回っていた。高速道路を抜け、県道へ降りる。周囲は畑と林ばかりで、外灯はほとんどない。車のヘッドライトだけが闇を切り裂き、舗装路の白線が途切れ途切れに浮かんでは消えた。

そのとき、視界の端で白いものが動いた。

幻覚だと思った。疲労が溜まっていたし、夜更けの単調な走行で目が誤作動を起こすこともある。だが、ライトが正面に据えた瞬間、息が詰まった。

裸の少女が、側道をこちらと同じ方向へ走っていた。

年は十七か十八。肩までの髪が背中に貼りつき、痩せた体が夜気をまとって鈍く光っている。後ろ姿だったが、人間だと分かった。先輩は減速し、私たちは無言で少し戻った。

「幽霊じゃないですよね」

そう言うと、先輩は短く頷いた。

窓を開け、声をかけた。

「大丈夫。何してる。危ないから家に帰ったほうがいい」

少女は振り向き、笑った。花が開くような表情だった。

「こんばんは。気持ちいいですよ」

背筋を、冷たいものが撫でた。

「なぜ裸なの。誰かに襲われたら」

少女は俯き、少し考えてから言った。

「家出したんです。家がどこか、分かりません」

近づくと、靴と靴下だけ履いていた。肌は不自然なほど白く、傷は見当たらない。先輩と私は彼女を車に乗せ、後部座席に座らせた。たまたま積んであったワンピースを着せると、彼女は大人しくなった。

走り出してすぐ、彼女は言った。

「警察は嫌い。お父さんの味方だから。ホテルがいい。ホテルで私を抱いてください。処女なんです」

言葉が重く、車内の空気が潰れた。若かった私たちでも異常だと分かった。無理だと伝えると、少女は紙を差し出した。名前と電話番号、病院名が書かれていた。

先輩の顔色が変わった。

電話をかけると警備員が出て、しばらくして母親から連絡が入った。到着した母親は疲れ切った顔で立っていた。少女は十八歳だという。詳しい事情を聞いたが、頭に残らなかった。ただ、彼女が病院から何度も抜け出していることだけが、やけに明瞭だった。

別れ際、母親が言った。

「……お怪我はありませんでしたか」

「いえ」

「……そうですか」

その言葉の意味を考える前に、私たちは車に戻った。先輩の家まで、会話はなかった。

三日後、仕事場へ戻る朝。駅まで先輩の妹を乗せた。発車してしばらくしてから、妹が後部座席を見て言った。

「ねえ、これって」

「なに」

「なんで、カッターナイフ積んでるの」

振り返ると、足元に銀色の刃先が覗いていた。ワンピースの裾に隠れるように、静かに。

誰のものか分からない。少女のだとも、先輩のだとも、私のだとも言えなかった。気づかなかったのか、なかったのか、その区別もつかない。ただ、確かにそこにあった。

まるで、最初から。

(了)

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